最近よく聞く嫌いな言葉
誰もいない教室
窓の外の夕暮れ
黄昏時の、あかね色世界
放課後の、この時間は、なんだか切ない
近くでは何も聞こえず、部活に勤しむ誰かの声や音も、妙に遠い気がする
何も考えず、机に突っ伏す私
その瞬間だけ、木と鉛筆のにおいが、かすかに鼻先をかすめた
「私、何やってんだろ...」
この、誰もいない教室にすら響かないような、そんな小さな声でつぶやく
視線の先には、黒いバッグ
見るからにゴツい、実に味気ない物体
ホントに可愛げの欠片も無いったらありゃしない
無造作に放置されたそれは、この教室の中では、今の私と同じくらい異質な存在だった
「はぁあ...何やってんだろうなぁ、私」
別に、ここにいる必要なんてない
そりゃもう全くない
分かってる
そんなの、言われなくたって分かってる
それでも
何となく帰り辛いのだ
あいつは、何か知んないけど、生徒会やら何やら頑張ってるし
知らないけど、毎日遅いみたいだし...
ホント、もう嫌になっちゃう
「ああもう!」
不自然なくらいに募る苛立ち
何かこう、落ち着かない
妙にそわそわしちゃって、変な感じなのだ
せっかく、その、付き合いだしたのだから
もうちょっとくらい、私のことを気にかけてくれてもいいじゃないか
それくらい望んだって、何一つバチは当たらないと思う
「ふん、だ」
雅人のバカ
バカバカバカバカ
いい加減、気づけって言うのだ
何で私だけ、こんな思いをしなくちゃいけないのよ
すごく不公平じゃない
「はぁぁあ~~...」
何だか最近、ため息ばかりついている
これなら、付き合わない方が気楽だったなんて思ってしまう
付き合うのなんて、まったくもって面倒なことばかりだ
ホントにホントに嫌になっちゃう
でも、そう思いつつも
「...まだかな、雅人」
なんて言って、ここで待ってしまっている私がいる
もう帰る、とか思いつつ、席を立とうとはしないでいる
もう自分でも訳が分からない
「...ちょっと、寝ちゃおっかな....」
どうせ、あいつの事だ
まだまだ時間はかかるんだろう
だったら、少しくらいならきっと問題ない
昨日はちょっと寝不足気味だったし、いっそ丁度良いのかもしれない
そう思い、机に突っ伏したままの体制で、目を瞑る
思いのほか、眠りは早そうな感じだった
「あれ、明海?お前何やってんの?」
「えっ!!」
ビックリして飛び起きる
驚いて、背筋がピンと伸びた感じになってしまい、心臓も一瞬だけ止まったような気さえした
いやもう、物凄くバクバクいっている
「ん?あ~、もしかして寝てた?すまんすまん。起こしちゃったか」
そんな風に私を驚かせやがったのは、他でもない雅人その人だった
「って、違うわよ!寝てないわよ!ずっと起きてたわよ!」
間の抜けた瞬間を目撃されて、つい怒り口調になってしまう
いや、実際寝てないのだから、別に嘘は言ってないのだけど
というかタイミング悪過ぎ
教室の外で狙っていたんじゃないかって思ってしまう
「そっか。あ、でもお前はどうしたんだよ?何でまだ教室いんの?」
「そ、それは、別に...」
何となく言いづらくてどもってしまう
というか、雅人に会えないのが淋しくて待っていた、なんて言える筈がない
「ふ~ん。まぁいいや。それより、大丈夫なら一緒に帰ろうぜ?」
「え、いいの?生徒会は?」
「ああ、今日はいつもより早く終わったからさ。で、明海はOK?それとも何か用があったりする?」
「い、いや、それはないけど...まぁ、あんたがどうしてもって言うなら、私は別に」
「そっか。なら一緒行こうぜ」
そう言って雅人は、自分の机にあったカバンを手に取る
私が待っていたことなんて、気づいた様子も見えない
少しは気にして欲しいのに...
けど、当の私はといえば、何となくバツが悪い
さっきからどうも素直に話せないでいる
(あ~もう!私ってどうしてこうなのよっ!)なんて心中で嘆きたくなってしまっている
せっかく一緒に帰れるのだから、もう少し普通に喜べばいいのに
ホントに私って奴は
「ん?」
と、気づくと雅人が、何故だか私を見つめていた
なんだろう?
何か言いたそうな...
妙に意味ありげな...
そんな顔
「あのさ?」
「な、何よ」
その真剣、というか、その変に不思議な表情に、つい身構えてしまう
あ、もしかして、私が待ってたの、気づいてくれたり?
「どうか、したの?」
「いや、お前ってさ...」
この後の言葉を私は、もしかしたら一生忘れないかもしれない
それくらい衝撃的であった
つか、ありえない
マジでありえない
それくらい普通は、もう絶対に言われないだろう言葉だったからだ
「お前って、ツンデレって奴なのか?」
「なっ!?」
「いや、ものすごく素直じゃねぇし、たま~にだけどすごく可愛いしさ」
「なななっ!!?」
なにそれなにそれなにそれ
つつつつつつつつつ、ツン、ツン...
いいいい、言うに事欠いて言うに事欠いて言うに事欠いて
ここここの男はななな何をっ!
ななななな何をいってるのよおおおおおおっ!!!
「ふ、ふ、ふ...」
「ふ?えっと、おふ?」
「ふっっっっざけんじゃないわよっ!!どんな腐った脳みそしてんのよあんたって男は――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――っ!!」
「うおぉぉっ!!」
その日は
私の人生において、おそらく一番叫んだ一日だったと思う
つか、初めてだ
そして、そんな凄まじく下らない初めての日
私の頭の中の辞書に、もっっっっとも言われたくない言葉として
そ、そ、そ、その言葉がっ!
ナンバー1として、追加された一日となった...