02-01 実家の部屋も占拠されてます。
定時を告げるチャイムのあと、一時間ほど経つとフロアの灯かりは消えてしまう。
働き方改革とか言われてんだろ。
大手企業はお上から目ぇ付けられやすいんだよ。
だからとっとと帰れ!
と、いう意味らしい。
まだ帰れないのだろう。フロアの灯かりをつけに行く人もいるが、片付けて帰り始める人たちも多い。
千秋が入ったチームのメンバーは、ほとんどが定時で上がっていた。定時過ぎからが本番なんて言っている自社とは大違いだ。
「お疲れ~」
「お疲れさまでした」
「お疲れっした!」
チームメンバーのパチンコ先輩が帰って、残っているのは千秋と陽太だけとなった。
岡本もまだ帰っていないが、打ち合わせ中で席にはいないのだ。
「千秋、仕事終わりそう?」
島の対角線上にいる陽太が大きな声で聞いた。
人の少ないフロアに、陽太の声はよく響く。他チームの人たちの視線に千秋は首をすくめて、陽太を睨みつけた。
「ヒナ……百瀬くん、もうちょっと声を抑えてください」
「はーい。で、上がれる?」
人の言うことを全然、聞いていない。
やっぱり大きな声で尋ねる陽太に、千秋はため息をついて頷いた。
「今日、やらなきゃいけない分は終わったから大丈夫」
それを聞くなり陽太はカバンを持って千秋の席に駆け寄ってきた。とっくにパソコンの電源は落としていたのだろう。
「うっし、上がろうぜ! なな! 今日、千秋の部屋に寄っていい?」
「明日も仕事あるのに、早めに帰らなくていいわけ?」
「大丈夫! あれが食べたいんだよ。前に千秋が作った……ほら、白菜とツナ缶の……!」
「白菜の常夜鍋? 簡単なんだから自分で作ればいいのに」
「千秋が作ったのがいいー」
自分で作るのが面倒なだけだろ、というツッコミは飲み込んだ。
陽太の料理の腕が絶望的なのは、幼なじみの千秋が一番知っている。と、いうか一番の被害者だ。
「わかったよ。今日の夕飯は常夜鍋ね」
千秋はパソコンの電源が落ちるのを待ってカバンを肩にかけた。
跳ねるような足取りでフロアの出口へと向かう陽太のあとを、千秋はゆっくりとした足取りで追いかけた。
***
翌日――。
定時を告げるチャイムのあと、一時間ほど経つとフロアの灯かりが消えた。
すぐにふっと灯かりがついて、
「お疲れさま~」
「お疲れさまでした」
「お疲れっした!」
チームメンバーの恋脳先輩が帰って、残っているのは千秋と陽太だけとなった。
岡本もまだ帰っていないが、打ち合わせ中で席にはいないのだ。
「千秋、仕事終わりそう?」
島の対角線上にいる陽太が大きな声で言った。
人の少ないフロアに陽太の声はよく響く。他のチームの人たちの視線に千秋は首をすくめて、陽太を睨みつけた。
「だから静かにって言ってるのに……大丈夫、上がれるよ」
それを聞くなり、陽太はカバンを持って千秋の席に駆け寄ってきた。
「千秋の部屋、寄っていい? じゃがいものチーズガレット作って!」
「って、言って。昨日、泊ってったのは誰だよ」
「お腹いっぱいになったら帰るのだるくなっちゃってさ」
「今日こそは食べたら帰れよ? そろそろ替えのYシャツも足りなくなってきたし」
「え、じゃあ、買って帰らないと!」
「いや、だから帰れよ……」
真剣な表情で言いながら、フロアの出口へと向かう陽太のあとを追いかけて、千秋はため息をついた。
***
翌々日――。
定時を告げるチャイムのあと、一時間ほど経つと――以下略。
「千秋、仕事終わりそう?」
陽太の大きな声にも周囲の方が慣れてしまったらしい。
フロアに残っている人たちは短く息を吐いただけだった。周囲の反応に千秋は引きつった笑みを漏らした。
「今日も千秋の部屋、泊っていい?」
千秋のとなりにやってきた陽太は、食べかけのお菓子を千秋の口に押し込みながら尋ねた。チョコレートがかかった棒状のお菓子――ポッチーだ。
「……もう泊るのは決定なんだな」
「千秋の部屋だと朝遅くまで寝てられるし。夕ごはんも朝ごはんも美味しいのが出てくるし」
「俺の部屋を旅館かなにかと勘違いしてない?」
「まさか。旅館っていうより実家?」
「俺はお前のオカンか」
口の中のポッチーをもぐもぐと咀嚼しながら、千秋は陽太に白い目を向けた。
***
翌々々日――。
定時を告げるチャイムのあと――以下略。
「千秋、仕事終わりそう?」
陽太の大きな声に千秋は頷いた。
周囲もすっかり無反応だ。みんな、適応能力が高い。
「ちょっとは仕事に慣れてきた?」
「まぁ、ぼちぼちかな」
陽太はカバンを持って駆け寄ってきた。
「よし、じゃあ帰ろっか! 今日も俺の部屋に泊ってくだろ、千秋?」
満面の笑顔でグッと親指を立てる陽太を見もせずに、
「わずか五日で俺の部屋を乗っ取るな」
千秋は淡々と、常識という名のツッコミは入れた。