01-07 お父さん、事後報告なんて許しません。
QBシステムズのビル内にある居酒屋で歓迎会をしてもらい、そのまま最寄り駅の店で二次会、三次会と進んで――。
「ほら、明日も仕事があるんだから、そろそろ帰るよ! 明日、遅刻したら遅刻した人たちで二次会、三次会の飲み代は割り勘してもらうからね!」
岡本がパンパン! と、手を叩いて、にこりと笑ったのは二十四時直前だった。
一次会、二次会に引き続き、散々、陽太に学生時代の暴露話をされた千秋は、ぐったりしながら三次会の店を出た。
陽太の場合、悪気なく邪気なく話すものだから困る。キツメに叱ってもきょとんとして首を傾げたあと、またすぐに別の暴露話を始めてしまうのだ。
最寄り駅までの道のりで、千秋はチームメンバーからなぐさめられるように肩を叩かれた。
駅の改札前でチームメンバーと別れ、ホームに上がった陽太は電光掲示板を見上げて頭を抱えた。
「これ、完全に地元線の終電終わってるパターンじゃん!」
慌てふためく陽太に、千秋は呆れてため息をついた。
「なんで終電の時間を確認しておかなかったんだよ。岡本課長が三次会に行く前に確認しろって何度も言ってただろ」
「千秋が三次会行くって言うから大丈夫だって思ったんだよ! て、いうか千秋だって帰れないだろ! なんでそんな冷静なんだよ!」
「俺、この路線沿いに部屋借りて、一人暮らし始めたから。――あ、電車来た」
ホームに滑り込んできた電車の混み具合に眉をひそめて、千秋は降りてくる人たちのために一歩脇に避けた。
ふと陽太を見ると、脇に避けもせず、千秋の顔を凝視して固まっていた。
人の流れを邪魔する位置に突っ立ったままの陽太を見て、降りようとしている人たちは眉間にしわを寄せていた。
「ヒナ、避けろよ」
陽太の腕を乱暴に引いて、降りてくる人たちの通路を確保して。千秋はほっと息をついたあと、
「なに、ぼんやりしてんだよ。降りる人の邪魔になるだろ」
キッと陽太を睨みつけた。
でも、当の陽太はポカンと口を開けた間抜け面のまま。千秋の顔を見つめて呆然としている。
「おい、ヒナ。……おい、聞いてるのか?」
二十云年の付き合いの、幼なじみの。一度も見たことがないほど絶望し切った表情に、千秋は恐る恐る尋ねた。
と、――。
「聞いてないよ!」
突然、カッと目を見開くと陽太は地団駄を踏んだ。
駅のホームで。終電が近付いて、混み合って、殺伐としているホームで思いっきり。
「聞いてない! 千秋が引っ越すなんて俺、聞いてないよ! なんで一人暮らしすんのさ! 毎日、いっしょに職場まで通えると思って楽しみにしてたのに!」
「勝手に楽しみにするな。絶対にいやだ。お断りだ。小中高、ついでに大学までお前の寝坊のせいで毎朝のようにダッシュしてたんだぞ!」
「いい運動になったでしょ?」
「なんでそんなに邪気なく、ポジティブな方向に話を持っていけるわけ?」
あっけらかんとした笑顔で言い放つ陽太に、千秋は真顔でツッコミを入れた。
「なぁー、なんで一人暮らし始めたのさー!」
千秋のツッコミなんて完全スルーで、陽太は唇を尖らせた。
「今回の現場、ちょっと遠いし。うちのリフォームの予定もあったし。ちょうどいいからって追い出されたんだよ」
「いつ一人暮らし始めたのさー!」
「引っ越したのは三日前かな。急に決まったから」
「俺、引っ越しの手伝いに呼ばれてない!」
「呼んでないから」
「なんで呼ばないんだよ!」
陽太は唇を尖らせて、また地団駄を踏んだ。こんな調子の陽太を満員の電車に乗せたら迷惑だ。
ドアが閉まり、ゆっくりとホームから出ていく電車を見送って、千秋はため息をついた。
「平日に有給取って引っ越したんだよ。ヒナだって仕事だっただろ」
「て、いうか部屋探す時点で呼べよ! 勝手に引っ越し先、決めるなんて俺は許しません! 許しませんから!」
「誰目線のセリフなんだよ」
「と、いうわけで、お父さん。今から千秋が住むのにふさわしい部屋か、見に行きたいと思います!」
陽太は千秋の鼻先に、ビシッと人差し指を突き付けた。
陽太の指を一瞥。千秋は陽太を白い目で見た。
「お父さん、最終電車を逃したから泊めてくださいって素直に言ったらいかがでしょう」
「ふさわしくないと思ったら実家に連れ戻しますからね!」
腰に手を当てて鼻息荒く言う陽太に、
「て、いうか。ヒナみたいなお父さんなんて、絶対にお断りなんだけど」
千秋は盛大にため息をついた。