01-06 二十云年で似てしまった思考に腹が立つ。
QBシステムズの持ちビルである二十階建てだか、三十階建てだかのビルの一階には、居酒屋が何軒か入っている。
そのうちの一軒で歓迎会を開いてもらった千秋だったが、
「…………」
二時間が経過した頃にはぐったりと、死にかけていた。
別にアルコールを強要されたとか。大学サークル飲みのテンションで相撲を取らされたとか。そういうわけじゃない。
あっちこっちで千秋の過去話を言いふらそうとする陽太を止めてまわっていたのだけど。いつも以上に高い陽太のテンションに、社会人生活ですっかり体力の落ちている千秋がついているわけもなく――。
「もういい……知らない……。小中高、大学と同じように。社会人になっても不幸キャラが定着するんだ! ヒナのせいで、また不幸キャラが定着するんだ!」
半ばやけっぱちで、残っていたしなしなのレタスをほおばった。レタスの上に乗っていたチキン南蛮はとっくになくなっている。
陽太を止めてまわるのに忙しくて、チキン南蛮どころか、サラダも、お通しすらも食べていない。
と、――。
「ちっあきぃ~! 飲んでる? 食べてる~?」
どこからともなくすっ飛んできた陽太が、肩に腕をまわして寄り掛かってきた。
テーブルに置かれたグラスには、単品でこの色のドリンクはないよね……と、言いたくなる色合いの液体が入っている。
あっちこっちのテーブルをまわって、違うドリンクを注がれ、最終的にゴマや七味唐辛子を振りかけられたらしい。
「……大学生のサークル飲みか」
ため息混じりにぼやいて、千秋は思いっきり陽太から顔を背けた。
重いし、酒くさいし、うざいし、疲れたし。今日の飲み会どころか、今までの人生でかけられた迷惑の数々を思い出して、むかっ腹が立ってきた。
「なぁなぁ、千秋!」
「名前で呼ばないでください、百瀬くん」
「ケツの穴がむずむずしてくるから、その呼び方やめろよ、千秋~! てか、そうじゃなくて! チームメンバーの名前、覚えた? 俺らと同じ業務処理チームの四人!」
千秋の重苦しい雰囲気なんて、どこ吹く風。陽太はにこにこ顔で尋ねた。
「誰かさんのよけいなおしゃべりを止めてまわるのに必死で、誰とも! 全く! 落ち着いて話せてないんだけど!」
「誰だよ、その迷惑なやつ! 俺があとで文句言っておいてやるよ!」
大真面目な顔で言う陽太に、千秋は乾いた笑い声を漏らした。
お前だよ――と、いうセリフは脱力しすぎて出てこなかった。
「じゃあ、俺が業務処理メンバーの紹介をしてあげよう! まずは、あの人!」
もう好きにして……と、いう心境だ。
千秋はテーブルにあごを乗せて、陽太が指さす先に目をやった。
「パチンコ依存症と専らの噂、新台が出る日は無断欠席上等! 借金のために働く男――パチンコ先輩!」
「……本名は?」
「忘れた!」
あっけらかんと答える陽太に、千秋はそうか、そうかと微笑んだ。
ツッコミを入れる元気も残っていない。
「続きまして――彼女が呼んでいるから早退します。失恋の痛みは尿路結石よりも辛く、新しい恋はインフルエンザよりも熱いとは本人談! 恋のために鬼のように有給を喰い尽くす男――恋脳先輩!」
あー、尿路結石経験者かー。
千秋は半笑いでのろのろと手を伸ばすと、残っていたパセリをつまんだ。
「通勤カバンはスーツケース。その中身は大量のポテチとオリーブオイル! 就業時間も食べ続ける。だって、ポテチはオリーブオイルをかければ飲み物だから! それでも体重以外、健康診断で引っかかったことがない健康優良人――ポテオリ先輩!」
「……」
千秋は無言で、別の皿に残っていたパセリをつまんだ。
たぶん、千秋の今日の気分はパセリなんだな! とか、思っているのだろう。陽太がさらに遠くの皿からパセリを持ってきた。
ものすごく、いい笑顔だ。
「大好きな君にいつでも包まれていたいから! 職場のデスクにおっぱいマウスパッドと十八禁フィギュアを持ち込む男――アニオタくん!」
「…………」
陽太が持ってきたパセリには手を伸ばさず、千秋は隣のレモンに手を伸ばした。
「ちなみに俺は、かかしが隣にいても喋り続ける男って言われたー。喋るわけないのにね!」
渋谷のハチ公と池袋のいけふくろうに延々と喋りかけてた実績のあるやつが何、言ってんの? と、は思ったが。
そんな些細なことはどうでもいい。
何が、腹立つって――。
「俺が脳内でつけた仮称と、ヒナがつけたあだ名が完全一致してんのがすっっっげーーー腹立つ!」
「え、何? なにな……イッタイ!」」
「うるさい、ヒナ!」
「イッタイ、イッタ! なんで? なんで俺、蹴られてんの? なんで!?」
千秋にげしげしと弁慶の泣き所を蹴られて、陽太は悲鳴をあげた。子犬のような悲鳴は、しかし飲み会の喧騒にかき消されて、誰の耳にも届くことはなかった。