01-05 小学校の先生にも言われました、それ。
島の一番端に座る陽太と、チームメンバーとのあいだは二席あいていた。陽太のおしゃべり対策であけているのだろう。
そのうちの一席を、腕組みをした岡本はじっと見つめていた。眉間にはしわも寄っている。
「どうしようかな」
「何がですか?」
「なになに?」
千秋と陽太が揃って首を傾げるのを見て、岡本は困り顔で微笑んだ。
「チームに慣れてもらうために、百瀬くんのとなりに座ってもらおうかと思ってたんだけど。二人が顔なじみとなると話が変わってくるからね。気まずいかもしないけど、僕のとなりの……ひな壇の目の前の席でもいいかな」
「……っ!?」
ひな壇の目の前という言葉に、千秋はびくりと肩を震わせた。
ひな壇に座るのは偉い人たちだ。千秋の会社みたいに小さな会社なら、社長が真ん中で、その両脇に部長が座る。
大手メーカーの子会社であるQBシステムズくらいになると、部長あたりが座るのだろうか。
偉い人の近くには偉い人と話す必要がある、偉い人が座るものだ。
岡本“課長”みたいな人が座るのが普通。来たばかりの下っ端派遣社員が座るなんておこがましい。
何より――。
――プログラミングの初歩の初歩をネット検索してるのを見られたら、契約切られるかも……!
千秋は緊張でぶるぶると震えながら、それでも岡本を見上げてこくりと頷いた。
受け入れ先の社員さん、それも課長さんだ。陽太のことがあって短時間でくだけた間柄になったとは言え、岡本の指示にノーとも言えない。
と、――。
「大丈夫ですよ、俺のとなりで! しっかり教えますし、こいつと他のメンバーが仲良くなれるようにフォローします! 架け橋になります!」
陽太はビシッと背筋を伸ばし、キリッとした顔つきで言った。
大真面目な顔をしている陽太を、千秋は猜疑に満ちた目で見つめた。
陽太がこういうイイ返事をするとき。本人はいたって真面目に、心の底から、本気で、返事をしているのだが――結果が伴わないことが多いのだ。
と、いうか、絶対に伴わない。
岡本もそのあたりをこれまでの経験で理解しているらしい。
「百瀬くんは小泉くんと幼なじみなんだよね? すごく仲が良いんだよね? 百瀬くん、小泉くんに話しかけすぎて、仕事の邪魔をしたりしない?」
眉間にしわを寄せる岡本に対して、陽太は大きく頷いた。
「しないです! 業務の話以外、しないです!」
「まぁ、業務以外の話を全くするなとは言わないけど……。本当にしゃべるの、我慢できる? にぎやかにしない?」
「はい!」
社会人相手とは思えない質問を大真面目にする岡本も岡本だが、大真面目に頷く陽太も陽太だ。
岡本に隠れて、千秋は引きつった笑みを浮かべた。
岡本は腕を組んでしばらく考え込んでいたが、
「僕も打ち合わせで席にいないことが多いし……うん、わかった。小泉くん、とりあえず百瀬くんのとなりに座ってくれるかな」
「は、はい!」
「やった!」
千秋は急に話を振られて、慌てて岡本に向き直ると背筋を伸ばした。
「業務に関係のない話ばかりしているのが聞こえたら、すぐに席移動してもらうから。とりあえず、僕が打ち合わせに行くまでの一時間は我慢! 百瀬くん、いいね」
「はい!」
社会人相手とは思えない指示を大真面目にする岡本も岡本だが、大真面目に頷く陽太も陽太だ。
盛大にため息をつく千秋の胸中なんて知りもしないで、陽太はキラキラとした目で千秋を見つめて、バシバシととなりの席を叩いた。さぁ、座れ。とっとと座れ。と、いうことだ。
「じゃあ、百瀬くん。しっかりね」
岡本は陽太の目をのぞき込んで、しっかりと念を押してから自席へと戻った。
「千秋、センパイがしっかり教えてやるからな! わからないことがあったらすぐ聞けよ!」
「……おう」
不安を拭えないまま、千秋は陽太のとなりの席に腰かけた。
机の下のキャビネットにカバンをしまい、さてパソコンの電源を入れようかと画面に向き直った瞬間。
「ところでさ、千秋! 昨日の夜のバラエティ、見た!? あれさ……!」
「一分と持たずにアウトかよ!」
さっきまでの岡本とのやりとりは、このボケのための盛大な前振りだったんじゃないかと思うほど。あっけらかんと、秒で、業務に関係のない話をし始めた陽太に、千秋は力いっぱいツッコミを入れた。
入れて、しまった――。
思わず飛び出した大声に、千秋は慌てて口を押さえた。
陽太も、千秋のツッコミで自分がやらかしたことに気が付いたらしい。
二人そろって口元を手で押さえ、ゆっくりと島の対角線に座っている岡本に顔を向けると――。
「はい、小泉くん。僕のとなりに引っ越しで」
岡本がパンパン! と、手を叩いて、にこりと微笑んでいた。