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01-04 心より殺意をこめて。③

 ネクタイを締め上げ――もとい、直してもらって顔面蒼白になっている陽太を床にほっぽり出して。千秋はチームメンバー四人に、にこりと微笑みかけた。


「ところで、コイツ……百瀬くんがどんな話をしたか。具体的に教えていただけますか?」


 チームメンバー四人は顔を見合わせると、こくりとうなずいた。



【証言1】


 最初に口を開いたのは、四十代らしき男性メンバー。


 白のYシャツに黒のスーツ。上着は羽織ってないし、ネクタイもつけてない。アイロンをかけていないのだろう。しわだらけのYシャツの袖を、二の腕までまくり上げている。

 まさに技術職と言った感じの人だ。まさに技術職な自社の先輩たちは、下手に話しかけると睨んだり、鼻でため息をついたりと、ちょっと怖い。

 千秋は少しだけ身構えた。


「小学校の運動会でじゃんけんに負けて、リレーのアンカーやることになって。緊張しすぎて逆走してクラス優勝逃した、とか」


「普通に走ってても、千秋の足だったら負けてたよ! だから、気にすんな!」


 いつの間にやら復活した陽太が、満面の笑顔で言った。全くもって悪びれたようすはない。なんなら、やっぱりほめてオーラが出ている。


「とりあえず……パチンコの景品のキャラメル、食べるか」


 陽太のフォローになってないフォローを聞いてか。千秋の無の表情を見てか。あおの人は慰めるようにそっと、千秋の手にキャラメルの箱をにぎらせた。


 仮称・パチンコ先輩の優しさに、千秋は涙ぐみそうになった。



【証言2】


 次に口を開いたのは、三十代らしき男性メンバー。


 この業界だとあんまり見かけない、スリーピース・スーツ姿。髪もきっちり整えていて、無駄に歯がキラキラしている。


「中学校の文化祭でいっしょに実行委員やって子に勘違いされて。好きでもないし、告白してもいないのにクラスメイト全員の前で振られたんだって?」


「俺、あれは怒っちゃったよ! だから、後夜祭で。スピーカー使って。全校生徒の前。きっちり訂正してやったんだよ! 千秋が好きなのは、お前みたいな女じゃないって!」


 違う。

 後夜祭で。スピーカー使って。全校生徒の前で――までは合ってるけど。

 陽太は言い間違えた。いや、言い漏らしたというべきか。


 “お前みたいな”――の、部分を。


 おかげで仲の良い友達からは卒業した今でも、好きなのは女じゃないんだよな、と、にやにやと笑いながら聞かれ。

 仲の良くないクラスメイトや他学年の人からは、好きなのは女じゃないんですか、と、真顔で聞かれ。

 訂正するどころか、訂正箇所を増量しやがったのだ。


「彼女いない歴、年令らしいけど……もしかして、それがトラウマになっているのか! なんて、もったいない! 恋は世界を美しく見せる! 愛は人生を美しく彩る! 恋愛相談なら任せて、いつでも相談に乗るよ!」


 中学時代の黒歴史を掘り返されて、白目を剥いていた千秋は、仮称・恋脳こいのー先輩のいきおいに苦笑いした。


 ――ありがとうございます、結構ですー。


 そう言おうとして――。


「異性、同性、人外。あらゆる存在と恋に落ち、愛してきた俺が徹底的に相談に乗ろう!」


「あ、はい……人外……え、人外? 人外?」


「さぁ、いっしょに美しきバラ色の人生!」


 千秋は真顔で二度聞きした。

 仮称・恋脳こいのー先輩はあっさりとスルーしたけれど。



【証言3】


 次に口を開いたのは、年齢不詳の男性メンバー。


 白のYシャツに黒のスーツ。上着は羽織ってないし、ネクタイもつけてなかったりと、パチンコ先輩と似たような出で立ちだが……圧倒的に違う。圧倒的肉感が違う。

 二の腕の肉があれ過ぎて腕まくりしきれていない。お腹が乗っかって垂れて、ベルトが行方不明になっている。


「高校の入学式で新入生代表に選ばれたけど、緊張しすぎてお腹下して。結局、小泉くんが用意してたあいさつを、百瀬のやつが読んだ……とか」


「拍手喝采、クラウチングスタートだった!」


 スタンディングオベーションだ。


「まぁ、いろいろと大変だったな。今は腹、大丈夫か。ポテチの油には耐えられるか」


 全力で言い間違える陽太を冷ややかに見つめながら、仮称・ポテチ先輩は圧倒的肉感の原因だろうポテチの袋をすっと差し出した。

 一枚じゃなく、一袋くれるらしい。


 仮称・ポテチ先輩の席には、開封済みのパーティサイズポテチが威風堂々、置いてある。

 念のために言っておくが、就業時間中である。


「あ、ありがとうございま……」


「あと、追い油。オリーブオイルは身体にいいから、これでカロリーゼロだ」


 追うな。

 仮称・ポテチ先輩改め、仮称・ポテオリ先輩が差し出したオリーブオイルを、千秋はそっと押し戻した。



【証言4】


 次に口を開いたのは、二十代らしき男性メンバー……と、いうか。このチームは男性ばかりなのだけど。


 白のYシャツにグレーのスーツ。上着も羽織ってるし、ネクタイもつけてる。Yシャツにアイロンもかかってる。

 物静かというか、暗そうな感じだけど……それは千秋も同じだ。ようやく波長の合いそうなメンバーが現れたと千秋はほっと息をついた。


「大学受験のときにインフルエンザに――それもA型、B型、別の種類のA型って三回、かかって。センター試験も、志望してた大学も、ことごとく受けられなくて。全く予定してなかった近場の三流大学の文学部に入ったとか」


「俺は千秋と同じ大学でうれしかったー!」


 のんきにバンザイをしている陽太に殺意を覚えていると、


「五分、お貸ししましょうか。癒されますよ」


 慈愛に満ちた目とともに、そっと何かが差し出された。


「あ、ありがとうご……」


 パチンコの景品、あやしげな恋愛指南、ポテチとオリーブオイル……。

 最後に差し出されるのはなんだろう。まともな物だといいな……と、淡い期待をこめて目を落とした千秋は、


「…………」


 仮称・アニオタくんが笑顔で差し出してくれたアニメキャラの爆乳マウスパッドを、無言で押し戻した。

 パソコンの上やらモニターの前やらに、爆乳フィギュアがずらっと並んでいる席がある。間違いなく。絶対に。仮称・アニオタくんの席だ。

 念のために言っておくが、ここは職場である。


 無言でチームメンバーの顔を再度、見回して。

 このチームをまとめている岡本が、千秋に向ける疲れ切った微笑みに深くうなずき返して。


「千秋はどっちかっていうと貧乳派だしな……っ、ぐぇ!」


 千秋は黙って。見もせずに。陽太の顔面に裏拳を叩き込んだ。

 そういうことじゃない。

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