06-07 ××××が職場にいるとやりにくい。
五か月ちょっとで、少しは着慣れたスーツに身を包んで、
「ねぇ、ヒナ……」
千秋は地上三十一階、地下二階建てのQBシステムズの持ちビルを見上げてため息をついた。
首が痛くなるほどの高層ビルも、そのビルに吸い込まれていく社畜の象徴のような人々の波も、ずいぶんと見慣れた。
「なに、千秋?」
千秋に名前を呼ばれて、陽太は不思議そうに首を傾げた。
子供の頃からほとんどの時間、隣にあった見慣れた顔だ。ほんの少しだけ違和感のあったスーツ姿も、もう見慣れた。
でも、今の千秋には、陽太の顔を直視することができなかった。
うつむいて、視界の端にちょろっと入る程度に見て、あいまいに笑って。
「やっぱりさ、ちょっと時間ずらしてフロアに入らない?」
「なんで?」
「いや、なんでっていうか……」
しどろもどろの千秋の答えに、陽太はさらに不思議そうに首を傾げた。
別に、何があったというわけじゃない。
ただ昨日、陽太に合鍵を渡して――と、いうか作らせて。千秋の部屋で夕飯を食べて。帰るのが面倒になったと言い出した陽太を部屋に泊めて。今朝はいっしょに通勤してきた、と言うだけの話だ。
正直、何をいまさらという感じだ。
このプロジェクトに入ってすぐ。
まだ千秋の作業が忙しくなかった頃は、毎日のように泊まっていっていたし。いっしょに出勤して、昨日も泊まっていったんだと千秋自身がチームメンバーに愚痴っていたのだ。
そのときと、昨夜と今朝の行動は、何一つ変わっていない。
変わっていないのに――。
――なんで、こんなに恥ずかしいんだ……!
火照る頬を手の甲で押さえて、千秋はぎゅっと唇を噛みしめた。
――岡本課長が妙なことを言うからだ。あんなこと言われなきゃ、意識したりなんて……。
そこまで考えて、千秋はくしゃくしゃに前髪をかきまぜた。
――て、いうか別に意識とかしてないし……!
ますます恥ずかしくなってきて、ビルの前で地団駄を踏みそうになっていると、
「……秋! 千秋!」
陽太がさっと千秋の手を取った。
「ほら、千秋。遅れちゃうから行こう」
陽太に手を引かれるまま、歩き始めて。エントランスに入って――。
「な、なにして……!」
ようやく状況を飲み込んだ千秋は、慌てて陽太の手を振り払った。
「だって、千秋。ぼんやりしてるし。このままだと遅れちゃうから……」
「だからって、手を……手を……!」
「なんで? だめ? 小さい頃はよくつないで歩いたじゃん」
慌てふためく千秋を見返して、陽太は不思議そうな顔で首を傾げた。
「ここ、外だから! 職場だから!」
顔を真っ赤にして怒鳴る千秋をじっと見つめていた陽太が、
「外でも、職場でもなければいいの? 手、つないでも」
さらりと尋ねた。
いいわけあるか! と、即座に言い返すべきだったのに、
「……っ」
千秋はうっかり言葉を詰まらせてしまった。
しまった……と、思いながらも、千秋はすーっと目をそらした。
陽太は大きく横っ飛びしたかと思うと、再び、千秋の視界に飛び込んできた。
かと思うと――。
「今日も先に帰ってるから。あの部屋で待ってるから。だから千秋も、早めに帰って来てね」
はにかんで、嬉しそうに笑って。陽太はくしゃくしゃと、千秋の髪を撫でまわした。
「じゃあ、先に行ってるから!」
その表情と行動にまた言葉を詰まらせているうちに、陽太はさっさとビルの中に入って行ってしまった。
陽太の背中を見つめて、
「だから、そういうの……職場ではやめろって……!」
千秋は頭を抱えてうめき声をあげた。
認めたくない。
認めたくない、けど――。
千秋は顔を手で覆って、盛大にため息をついた。
好きな人が職場にいると、やりにくい――!




