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××××が職場にいるとやりにくい。  作者: 夕藤さわな
【05.欠勤編】

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26/33

05-06 二十云年の付き合い、ですから。

 病院の天井をぼんやりと眺めながら、千秋は深々とため息をついた。

 事故か、事件か、自殺かと大騒ぎになっている警察やら、ご近所さんやらに平謝りして。救急車に乗せられて病院に到着して。


 診断はいわゆる胃腸風邪だった。

 脱水症状を起こしていたとかで、結局、点滴入院にはなってしまったのだけれど。


 カーテンを引く音に顔を向けると、陽太がくしゃりと笑った。


「千秋、起きたんだ!」


 こくりと頷くと、陽太はイスを引き寄せて座って、枕の横にあごを乗せた。

 昔、飼ってた犬みたいだ。千秋が寝ているとそばに寄ってきて、何がなんでもいっしょに寝ようとするのだ。


「うつるから、あんまり寄るなよ」


「大丈夫、大丈夫。俺が頑丈なの、知ってるでしょ?」


 そういえば、陽太は小学校から高校まで、ずっと皆勤賞だった。風邪やインフルエンザが流行るたび、全部にかかって、学校を休んでいた千秋とは真逆だ。


「ずいぶんな大ごとにしてくれたな、ヒナ」


「だって、電話出ないし。メッセージ送っても、既読にならないし」


「だからって、警察だの、救急車だの……。ご近所の人まで巻き込んで……」


「だって、倒れてたら大変じゃん! ただの風邪って言ってたのに、入院したこともあるし。それも一週間以上!」


「子供の頃の話だろ? あのときは肺炎が悪化しただけだよ」


「でも今回も入院になったじゃん」


「……」


 言い返せない。

 ムッとしてそっぽを向く千秋を見つめて、それでも陽太はそばを離れようとはしなかった。


「会社……」


「岡本さんには電話しておいた。入院の話したら、今週いっぱいは休めってさ。――あ、千秋のお母さんにも連絡しといた。すぐ来るって。たぶん怒鳴られるから、覚悟しておいた方がいいよ」


 けらけらと笑う陽太につられて笑うだけの余裕は、今の千秋にはなかった。

 救急車に乗るときに時間を見て、まだ昼前だと知ってびっくりした。てっきり仕事が終わってから来たんだと思っていたのに。

 陽太が仕事を休んでまで様子を見に来てくれたことが。そんなにも心配してくれたことが、うれしくて。

 でも、それと同時に、自分の不甲斐なさに涙が滲んできた。


「気持ち悪い? 先生、呼んでこようか?」


 腕で目元をおおうと、陽太が心配そうな声で尋ねた。千秋は黙って首を横に振った。


「作業、ただでさえ遅れてるのに……っ」


 ぽつりと呟いた声が涙声で、千秋は慌てて口をつぐんだ。でも、いくら鈍い陽太でも気づいたらしい。


「泣くなよ、千秋ぃ。千秋は本当に要領悪いよな」


 布団越しに千秋の身体をゆさゆさと揺すって、けらけらと笑った。


「……うるさい」


「うるさくないー。耳にタコができるくらい言ってやる。千秋は要領が悪い。もっと要領良く俺を頼れよ」


 陽太はベッドに頬杖をつくと、千秋の腕を持ち上げて顔をのぞき込んだ。


「大学受験のとき。千秋さ、風邪やらインフルやらにかかりまくっただろ。行きたい大学があったのに、結局、受験すらできなくて。病気でも、受験でも。どっちでもいいから代わってあげたかった……けど、できなかった」


 何を当たり前のことを――。

 そう思ったけど、陽太の泣き出しそうな顔を見て、千秋は口をつぐんだ。


「でも仕事なら手伝える。代わってあげられる。だから、もっと俺を頼れよ」


「自分の作業なのに人に押し付けるなんて……イテ、イテテテ!」


 反射的に言い返すと、陽太はふくれっ面で、千秋の額をぺしぺしと叩いた。


「押し付けるんじゃないの! 作業に余裕があるやつにお願いするの! 俺がなんのためにいっつも手、抜いて仕事してると思ってるの! こういうときに千秋を助けるためでしょ!」


「いつも手抜くなよ、そもそも」


 千秋が白い目を向けると、何が楽しいのか。陽太は目を細めて嬉しそうに笑った。


「作業途中のプログラム、全部、最新の状態でコミットしてあるでしょ?」


 千秋はこくりと頷いた。


「それなら、引き継いで俺がやれるから大丈夫」


 陽太はにかりと、歯を見せて笑った。


 自分のローカル環境で作成、修正したプログラムは、適当なところで他の人たちも確認、編集できる環境に保存する。

 それがコミット。

 毎日はしない人も多いけど、千秋は必ずコミットしてから帰っていた。

 ローカルでやっていた作業が、翌朝になって消えていたらと考えると怖くて。無駄に心配性を発動させていただけなのだけど、今回はそれが功を奏した――と、言えなくもないかもしれない。


「千秋が書いたプログラムは、丁寧で的確なコメントが入ってるから。途中で誰かに引き継いでも大丈夫って、岡本さんのお墨付き。それに千秋の遅延分を引き継ぐのは俺だから、なおのこと、何の心配もないよ。

 知ってる? プログラムって、その人の性格が出るんだよ」


 陽太は目を細めると、千秋の頬を突いてにやりと笑った。


「千秋が書いたプログラム、俺がわからないわけないじゃん。だって、何年の付き合いだと思ってるのさ。千秋がやりたかったことも、どこで悩んでたかも。全部、わかるよ」


 陽太の優しいまなざしに、千秋は掛け布団を鼻の上まで引き上げた。


 非常識で、子供みたいで、社会人やってるのが不思議なくらいで。

 そんな陽太の面倒を見るのが、千秋の役割だった。学生時代から、ずっと。


 千秋の役割、のつもりだった――。


 でも、時々。小さい頃から、時々。

 陽太は大人びた表情を見せることがあった。

 大人びた表情で、なんてことないかのように。千秋の沈んでいる心をすくいあげて、ふわりと微笑むのだ。


 それが、ひどく悔しくて。

 それなのに、どうしようもなく、ほっとして――。


「そういうの……どうせなら、可愛い恋人に言われたいんだけど」


 だから、悔し紛れにひねたことを言ってみたのに、


「じゃあ、俺が恋人になろうか? ……むぐっ!」


 さらりと返されて。千秋は陽太の顔面に枕を押し付けた。

 陽太がうめき声をあげているすきに、千秋はすっぽりと。頭まで布団に隠れてしまった。


 ――……熱の、せい。ぜったい。


 布団の中。火照った頬を押さえて、千秋はぎゅっと目をつむったのだった。

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