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01-02 心より殺意をこめて。

 フロアのすみには打ち合わせ用の個室が設けられている。

 四名用の部屋から十名以上が入れる広い部屋まで、六部屋が各フロアに必ず設けられているのだ。


 チームメンバーへのあいさつのあと、岡本と千秋は四名用の個室に向かった。

 プロジェクトの説明。フロアのルール。初回セキュリティ教育。プロジェクターで壁に資料を映しながら、ひととおりの説明を終えて――。


「以上で説明は終わりだけど、何か質問はあるかな。今までの話に関係がなくてもいいよ」


 操作していたパソコンから顔をあげて、岡本がにこりと微笑んだ。

 千秋は錆びたからくり人形のようにぎこちない動きで岡本に顔を向けると、


「あ、いえ。大丈夫です」


 引きつった笑顔と弱々しい声で答えた。


 初めての客先常駐。

 しっかりやろう。わからないことが多いなりに真面目に、誠実にやろうと思っていたのに。大声を出して、フロア中から注目されて。学生気分の抜けないダメなやつと思われたかもしれない。

 初日からあんな失敗をするなんて――。


 千秋が太ももの上に置いた手を強く握りしめていると、くすりと笑う声がした。顔をあげると、岡本が優しい目で千秋を見つめていた。


「そんなに気にしなくて大丈夫だよ、小泉くん。みんな、百瀬くんの性格はわかっているから。……百瀬くんとは幼なじみなんだって?」


 千秋はこくりと頷いた。


「いつからの友人なんだい?」


「幼稚園からです」


「へえ、ずいぶんと長い付き合いだ」


 岡本はしみじみと言って、イスの背もたれに寄り掛かった。


「百瀬くんは学生時代からあんな感じなのかな?」


 あんな感じ……とはどんな感じなのだろう。千秋が首を傾げると、


「明るくて、人懐っこくて、とにかくよく喋る。よくまわりに喋りかける」


 岡本はくすくすと笑って言った。

 岡本の笑い声につられて千秋も苦笑いをもらした。


「えぇ、まぁ……。ヒナ――百瀬くん、職場でもそんな調子なんですね。なんだか、すみません」


「あの調子だよ。喋りかけられすぎて仕事にならないって、チームメンバーから苦情が来て。今は島の一番、端に追いやられてるくらいだよ」


「ほ、本当にすみません!」


「小泉くんがあやまることじゃないよ。まるで保護者みたいだね」


 幼なじみの、社会人として大問題なエピソードに平謝りする千秋を見て、岡本は楽し気な笑い声をあげた、が――。


「でも、あれだけ喋ってるのに、ほとんど残業もしないで締め切り前には仕上げてくるんだよ」


 不意に眉根をひそめ、岡本は長い指であごを撫でた。


「しかも、速い上に処理自体は正確なんだよね。コメントが意味不明で、誰も読み解けなかったりするけど……。こんプロジェクトの七不思議のひとつだよ」


「よくわかります!」


 岡本の言葉に、千秋は食い気味に。深々と、頷いた。


「美術や技術の作品って、授業中に作り終わらないと放課後に残ってやらないといけないんですけど。あいつ、あれだけ喋ってるのに、授業内で作り終わってるんですよ。しかも受賞するような作品を!」


「百瀬くんは昔から百瀬くんなんだね」


 身を乗り出して、バシバシと机を叩く千秋に、岡本は引き気味で同意した。千秋がこんなに食いついてくるなんて思っていなかったのだ。


「で、ヒナのお喋りに巻き込まれて、ほとんど作業の進まなかった俺に向かって言うんですよ」


 急に声のトーンを落とした千秋は遠く。遥か、遠くを見つめた。


「まだ、そんだけしかできてないの? 五十分もなにやってたんだよ。要領悪いなぁ、千秋は……って。なにやってたって、お前の話し相手をうっかりやってたって話なんですけどね。

 手に持ってるのが彫刻刀じゃなく、絵筆でよかったって。本当に思いました」


 中学時代の陽太の無邪気な笑顔を思い出して、無の表情を浮かべる千秋の肩を、


「うん、小泉くん。苦労してるんだね」


 岡本はにっこりと笑って、そっと叩いた。ただ――。


「あと職場に刃物は持ち込まないようにね。絶対に」


 そう言ったときだけは、肩をつかむ手に力が入っていたけれど。

 ついでに目も笑っていなかったけれど。

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