04-01 そんな気になるイベント、見逃すわけがない。
海の近くに立つ超高層ビルを出ると、空は夕焼け色だった。風に乗って潮のにおいがする。
でも、千秋は空の色の美しさも、風の強さも気にも留めず――。
「ヒナ……百瀬くんが俺もチャットしたい、混ぜろって駄々こねて。本当に困ったんですよ! 仕事のために使ってるって、わかってるのかなぁ」
陽太への文句をぽんぽんと言って、最後に深々とため息をついた。
隣を歩く岡本が、そんな千秋のようすを見てくすりと笑った。
「仲がいいんだね。小泉くんと百瀬くんは」
今日はチームのスケジュール報告会だった。
QBシステムズの一階にあるエントランスで行われることもあるけれど、相手の都合で親会社の打ち合わせスペースで行われることもある。
今日はそのパターンだった。
最近は千秋一人で報告しているけれど、相手先に出向くのは初めてだ。
ゲスト用の入館証の借り方や館内ルールを教えてもらうため、今回は岡本が同席してくれたのだ。
打ち合わせは予定通り、十八時には終わった。
もう定時間だ。
QBシステムズには戻らずに直帰しようと、報告会の日時が決まったときから岡本と話していたのだ。
それから、もう一つ――。
「じゃあ、予定通り。一杯、飲んで帰ろうか」
「はい!」
海沿いということで、この辺りは刺身の美味しい居酒屋が多いらしい。
歓迎会のときに、千秋が寿司や刺身が好きだと話していたのを。正確には、陽太が言い振らしていたのを、岡本は覚えていてくれたらしい。
帰りに行きつけの店で飲んでいかないかと誘ってくれたのだ。
――岡本課長の行きつけって、きっとお洒落なお店なんだろうな。
――それか、カウンター席だけの渋い感じの店!
千秋にとって、岡本は“かっこいい大人の男”像そのものだ。
憧れの対象だ。
そんな岡本の行きつけの店に連れて行ってもらえるなんて、ただ、素直にうれしかった。
今はまだ、岡本についていくだけ。大人の真似をして背伸びしているだけだけど、いつかそういう店に入るのが当たり前の男になれたら――なんて思ってしまうのだ。
岡本のあとを軽い足取りでついていきながら、しかし、千秋には一抹の不安があった。
昨日、月曜の昼食前。岡本と今日の予定についてチャットで話していたとき。
奴が背後から忍び寄ってきたのだ。
――いや、でもまさか。
画面を見られたのは、ほんの一瞬だ。昼食に行くため、直後にログオフしてモニターの電源を切った。
ずば抜けた動体視力でなければ、一行も読み取れなかったはずだ。
「この路地を曲がったところにある店だよ」
岡本の言葉に頷きながら、千秋は大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせて路地を曲がった。
瞬間――。
「岡本さん、千秋! 遅かったじゃないですかぁ!」
静かで雰囲気のある細い路地に、子供のように元気いっぱいの陽太の声が響いた。あまりにもよく通る声に、千秋は大慌てでシーッと口元に人差し指をあてた。
陽太はとりあえず口元を手で覆ったけど、不思議そうに首を傾げている。
「本当に仲がいいんだね。小泉くんと百瀬くんは」
「違いますよ! 誘ってませんよ! ただうっかりチャットのやりとりを見られちゃっただけですよ!」
「まぁまぁ、仲がいいことは良いことなんだから」
「だから本当に違うんですって!」
まるで保父さんのように優しい目で千秋を見下ろす岡本と、満面の笑顔で両手を振る陽太の顔を交互に見て。最終的に、千秋は額を押さえた。
静かに。大人な雰囲気で飲みたかったのに――!
幼なじみの動体視力の良さを恨めしく思いながら、千秋は陽太をじろりと睨みつけた。