03-03 でも社会人をやっているという現実。
三か月ぶりに帰ってきた実家は、リフォームが完了して様変わりしていた。二階にある千秋の部屋も、フローリングや壁紙が張り替えられて、すっかりきれいになっていた。
一階の空き部屋に避難していた勉強机やテレビ、本棚なんかを陽太に手伝ってもらって自室に戻して。ベッド代わりのソファをテレビの前に置いたら、ほぼ元通り。
一人暮らしの部屋に引っ越す前と変わらない光景が広がった。
床に寝転がって漫画を読み、ポテチを食べてげらげらと笑っている陽太まで含めて完璧な再現率だ。
「ヒナが社会人やってるとか、いまだに信じられない」
千秋は勉強机のイスに腰かけ、床に転がっている陽太を見下ろして低い声で呟いた。
しかも大手企業の子会社の正社員で、千秋よりも確実に給料がいいのだ。ボーナスなんて桁が一つ、違うかもしれない。
「なんでだ……」
「俺、情報処理系の学部だったし。大学からの推薦があると、すんなり最終面接までいけるんだよ」
漫画を読んでケラケラと笑っていた陽太は、
「そういえばさ。岡本さんってほとんど打ち合わせでいないじゃん。千秋が担当してるところって前任は岡本さんでしょ? 聞きたいこと、聞けてるの?」
あぐらをかいて座り直すと、急に真剣な表情で千秋を見上げた。
「チームのスケジュール報告の資料とかも、うちの会社のローカルルールが多くてわかんないところあるでしょ? 岡本さんがいないときは俺を頼ってくれていいんだよ! なんなら岡本さんよりも俺のことを頼ってくれていいんだよ!」
「うん、でも大丈夫。チャットツール入れて、それで岡本課長とは連絡取りあってるから」
胸を張る陽太をろくすっぽ見もしないで、千秋はひらひらと手を振った。
「……チャット、ツール?」
ギシギシと音がしそうなほど、ぎこちない動きで、陽太は首を傾げた。
よく見ると涙目だ。
なんで涙目なのかはわからないけど、聞くと面倒くさそうなので無視することにした。
「そう。打ち合わせ中でもちゃんと答えてくれるよ。説明が難しいときは打ち合わせの合間に電話で……」
「俺も混ぜて! そのチャット! 俺も混ざりたい!」
「一対一でしかやれないやつだから」
「二人だけでずるい! 仲間外れにするとかひどい!」
「ずるくない! ひどくない!」
「ずるい! ひどい! 俺もやりたい! 千秋と仕事中にチャットしたい!」
「ヒナ、仕事だってわかってる……?」
イスに座った千秋の太ももをバシバシと叩いて、陽太が絶叫した。足の裏で陽太の肩を押しやりながら、千秋は顔をしかめた。
二十半ばの同性の幼なじみに泣きつかれても全然、楽しくない。
「やだぁ~! 俺も千秋とチャットする! 仕事中にチャットするぅう~!」
蹴飛ばされて床にひっくり返った陽太は、まだ駄々をこねている。新品のフローリングを縦横無尽に転がる陽太を眺めて、
「ほんと……ヒナが社会人やってるとか、信じられない」
千秋は深々と、盛大に、ため息をついた。