02-04 保父さんか小学校の先生っぽいですよねって、よく言われます。
千秋が岡本のチームに入って一か月――。
地上三十一階、地下二階建てのQBシステムズの持ちビル。その一階エントランスに用意された応接用のイスに腰かけた千秋は、深々と頭を下げた。
「今日はありがとうございました。修正したスケジュールは明日、午前中のうちにメールでお送りします」
隣に座った岡本と、正面に座った年配の男二人も微笑んで頷いた。
「それじゃあ、引き続きよろしくね」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
千秋と岡本に軽く手をあげて応えて、年配の男たちはエントランスを出て行った。
その背中を見送って、
「緊張したぁ……」
千秋は深々とため息をついた。
が、岡本が目を細めて千秋を見ていることに気が付いて、慌てて背筋を伸ばした。
保父さんみたいに優しい目だけど、岡本はお客さんでプロジェクトの上司だ。きちんとしなければ。
千秋が入ったシステム開発プロジェクトは、規模がとても大きい。
プロジェクト全体の進捗報告会の他に、各グループや各チーム毎の報告会もこまめに行われている。
帰っていった年配の男二人は発注元であり、岡本や陽太が所属するQBシステムズから見ると親会社にあたる会社の人たちだ。
今までは岡本一人で千秋が所属するチームのスケジュール報告を行ってきた。でも、プロジェクトマネ-ジャーである岡本は多忙だ。
打ち合わせ時間を確保するのが難しくなってきていた。
そこで、来たばかりで抱えている雑務も少ない千秋が、チームのスケジュール報告要員候補としてあがったというわけだ。
「すまないね、面倒ごとを押し付けてしまって」
「いえ、そんな! 僕でお役に立てるのなら言ってください! 頑張ります!」
眉を八の字に下げて微笑む岡本を見上げ、千秋はぱたぱたと両手を振った。その言葉は本心だ。
でも――。
「でも、派遣の僕からの報告でいいんでしょうか」
疑問は残る。千秋が所属するチームには岡本の他に五名のプロパーがいる。パチンコ先輩、恋脳先輩、ポテオリ先輩、アニオタくん――それに、陽太もだ。
発注元への報告なら、来たばかりの派遣よりプロパーに任せるのが普通だ。
だが、岡本は千秋の問いに額を押さえてしまった。
「うちのチームの子たちはみんな、優秀なんだけど……あの通り、癖が強くて。OJTも何度か変わって、最終的に僕が担当した子たちばかりなんだ」
千秋は、深々とため息をつく岡本の横顔を見つめて、
――最初は別の先輩が職場の指導担当者だったんだけど、なんかブチギレられて。
――何人か代わって、最終的に岡本さんがOJTになって。
――そっから、ずっと岡本さん配下。
陽太が前に言っていたことを思い出した。
OJTは、コロコロと変わるようなものじゃないはずだ。あのときは気にしなかったけど妙な話だ。
「みんな、一度は今日みたいに打ち合わせに参加させてるんだけどね……」
岡本はすっと目を細めると、両手を口の前で組んだ。
「金賀くんはパチンコの新台が出る日と打ち合わせの日が当たっちゃって。打ち合わせのことをすっかり忘れて無断欠席。あ、打ち合わせ中に借金の取り立てが来たこともあってね……」
パチンコ先輩の顔を思い浮かべて、千秋はそっと目をそらした。
ちなみに、つい数日前も新台が出る日だとかで無断欠席して岡本を慌てふためかせていた。
「星水くんは当時、付き合ってた子から電話が来ちゃってね。“打ち合わせは岡本課長でもできるけど、彼女の心を助けることは俺にしかできない!”って、出ていった挙げ句。一時間後に戻って来て、振られたって大泣きしながら打ち合わせに乱入して、中断させて……」
ぎゃん泣きする恋脳先輩を思い浮かべて、千秋はそっとうつむいた。
「小寺くんはスーツケースを持って打ち合わせにやってきてね。何が出てくるのかと思ったら、ポテチとオリーブオイル……。打ち合わせ中もポテチを食べ続けてね。そこまでは良かったんだけど……いや、全然、良くないんだけど……冗談で俺も一枚って、手を伸ばしたお客さんにガチギレしちゃって……」
ポテチに伸びた陽太の手に、折らんばかりの勢いで手刀を叩き込んでいたポテオリ先輩を思い浮かべて、千秋はそっと天井を仰ぎ見た。
「尾田くんは指し棒代わりに……ほら、あの、魔法のステッキを持ってるフィギュア。あれを持ってきちゃってね。そこまでならギリギリセーフだったんだけど……いや、アウトなんだけど……いつものマウスパッドも持ってきちゃってて……」
爆乳マウスパッドに自身の右腕を埋めて、真剣な表情でパソコン画面を見つめるアニオタくんを思い浮かべて、千秋はそっと顔を手で覆った。
「百瀬くんは、ほら、話題の脱線がひどくて。あと、お客さんのカツラを取っちゃった挙げ句。自分で被っちゃったりしてね。まぁ、今までで一番マシな子……かな? って、お客さんも笑って許してくれたんだけど。……ダメだよね? 本来は……ダメなはずだよね?」
お客さんも、岡本も。完全に常識が、迷走か崩壊か、し始めてしまったのだろう。
千秋は顔を手で覆ったまま、何度も何度もうなずいた。
学生時代、陽太に振り回され過ぎて、常識ってなんだっけ? 状態になった自分と重なって、涙が出てきそうだった。
「プログラマーとしての腕は確かだし、絶対にスケジュールを破らない良い子ばっかりなんだけど……僕の部下になる子って、なぜか癖の強い子が多くて……」
なんでだろう……と、しみじみと呟く岡本を見つめ、
――面倒見が良すぎるからだと思いますよ……!
千秋は心の中でそっと囁いた。
ここ一か月でよくわかった。
岡本は人が良すぎるあまり、厄介ごとを押し付けられて損をするタイプだ。
「と、いうわけでチームのスケジュール報告は小泉くんにお願いするね」
「はい、任せてください!」
弱々しく微笑む岡本に、千秋は同情と共感の念をこめて。力一杯、うなずいたのだった。