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××××が職場にいるとやりにくい。  作者: 夕藤さわな
【02.通常業務(?)編】
11/33

02-03 週明け、秒で砕けました。

 二十階建てだか、三十階建てだかのQBシステムズの持ちビル。その六階北側のフロアに席のある千秋は、


「ヒナのせいで……遅刻ギリギリ!」


 ぎゅうぎゅう詰めのエレベーターから転がり出ると同時に、盛大なため息をついた。


「間に合ったからセーフでしょ!」


 遅刻ギリギリの出社になった原因。五度寝をかました陽太は、今はすっきりいい笑顔を浮かべている。

 朝の通勤を終えた時点でぐったり、ボロボロになっている千秋とは真逆だ。


「セーフじゃない! 始業時間より十五分は前に席について、パソコンの電源をつけとかないと、始業のチャイムと同時に作業が始められないだろう!」


「え、始業のチャイムと同時にパソコンの電源入れるもんじゃないの?」


「……電車の遅延や不慮の事故が起こる可能性だってあるんだから。そういうときのために、常に少し早めに行動しないと!」


「遅刻しますって電話すれば、良くない? 真面目だなぁ、千秋は~」


 へらへらと笑う陽太をじっと見つめて、千秋は額を押さえた。

 確かに、真面目過ぎると会社の先輩たちにも言われた。でも、陽太にへらへらと笑いながら言われるのはしゃくだ。

 結局、金曜の夜から月曜の朝までヒトの部屋に泊まり込み。今朝も今朝で五度寝をかました陽太に言われるのだけは、気にくわない――!


 じろりと陽太をにらみつけてから、千秋はフロアのドアを開けた。


「おはようございます」


「おはよう、小泉くん。百瀬もおはよ」


 今、来たところなのだろう。

 パチンコ先輩がYシャツの袖をまくり上げながら言った。


「パチンコ先輩、今日は新台出る日じゃなかったんですね!」


「ヒナ……百瀬くん、まずは挨拶……」


「ポテオリ先輩、今朝は何味ですかー!」


 千秋の注意なんてスパッと聞き流して。陽太はパチンコ先輩に続き、ポテオリ先輩にも挨拶そっちのけで話しかけ。ひらひらと手を振った。


 ――て、いうか。本人に向かってパチンコ先輩とか、ポテオリ先輩とか言っちゃうんだ。


 邪気も悪気もない笑顔を浮かべる陽太に、千秋は白い目を向けた。

 と、――。


「小泉、朝から疲れた顔してるな」


 ポテオリ先輩が心配そうな顔で千秋を見つめた。

 ちなみにポテオリ先輩の机に置かれている、たぶん本日一袋目のポテチはにんにくしょうゆ味。もちろんパーティサイズだ。


「朝ご飯は、ちゃんと食べたか? ポテチとオリーブオイル、分けてやろうか?」


 ポテオリ先輩が慈愛に満ちた目で差し出してくれたポテチは、七味マヨネーズ味。通常サイズとはいえ、朝からポテチは……と、思っていると――。


「朝からポテチなんて。千秋の胃じゃあ、耐えられないですよ! 走ってきたばっかりだし!」


「そ、そうか。すまん……」


 なぜか陽太がドヤ顔で言った。申しわけなさそうにしているポテオリ先輩を見下ろして、そうだ、そうだと言わんばかりにうなずいている。

 気にしないでください、と苦笑いでポテオリ先輩に首を横に振ってから。千秋はじろりと陽太を睨みつけた。


 朝から疲れた顔をしているのも。走ってきたばかりなのも。もとを正せば陽太が原因だというのに。当の陽太はきょとんとした笑顔のまま。千秋を見返して首をかしげている。

 なんだかあほらしくなってきて、千秋は盛大にため息をついた。


 と、――。


「……お疲れですね」


「ぎゃ!」


 背後から急に聞こえた囁き声に、千秋は飛び退いた。

 振り返るとアニオタくんが爆乳フィギュアを大切そうに抱えて、立っていた。真後ろにいるのに、全く気配を感じなかった。


「おはよう、ございます……」


 震える声で挨拶すると、アニオタくんは軽く会釈したあと、


「なら、疲れを吹き飛ばす魔法の呪文を」


 そっと爆乳フィギュアを差し出した。ステッキらしきモノを持っているから、魔法使いとか変身もののアニメキャラなのだろう。足元の台座のスイッチをポチッと押すと、


『切り裂け、ギリギリ納期! 吹き飛べ、無茶ぶりクライアント! 消え去れ、イエスマン営業職! キュアキュアハートアターーーック!』


 月曜朝の静かで、ちょっとだけ鬱屈とした空気が漂うフロアに、アニメ声が響き渡った。

 念のために言っておくと、すでに始業開始のチャイムはなっている。


 チームリーダーの岡本がまだ来ていないのをいいことに喋っているけど、他のチームはすでに朝会あさかいを始めている。

 まわりを見回すのが怖ろしくて、千秋はかたくなにフィギュアだけを見つめた。


「なにそれ! 俺にも押させて、押させて!」


「百瀬はさわるな! 近寄るな!」


 アニオタくんにピシャリと怒鳴られて、陽太は不思議そうな顔で首をかしげた。


 ――ヒナにさわらせたら、秒で壊されそうだもんな。


 子育て中のメス熊並みに殺気立った表情のアニオタくんを見て、千秋は深くうなずいた。

 すでに別の爆乳フィギュアを壊されているのかもしれない。


「……ずいぶん、システム開発者に寄り添った呪文ですね」


「ニッチ過ぎて打ち切りになっちゃったアニメなんですよ。このフィギュアも十体限定なんですよ」


 ステッキを構える爆乳フィギュアを大切そうに抱えて、アニオタくんはふふ……と、笑った。


 と、――。


「お前ら、いいかげんにしろ!」


 恋脳こいのー先輩がバシーン! と、机を叩いて怒鳴った。

 しん……と、静まり返るチームメンバー――千秋、陽太、パチンコ先輩、ポテオリ先輩、アニオタくんの顔をぐるりと見回して、恋脳こいのー先輩は目をつりあげた。


「お前ら、もっと大切な……真っ先にするべき話があるだろ!」


 恋脳こいのー先輩の剣幕に、千秋はあわてて背筋を伸ばした。


「す、すみません! 朝会をやらないとですよね!」


 チームリーダーの岡本がまだ来ていないから――と、気が緩んでいた。


 ――真面目に社会人をやるぞって、誓ったばっかりなのに。


 唇を噛んで、千秋はうなだれた。

 落ち込んでいる理由なんて、さっぱりわかっていないだろうに。陽太は心配そうに千秋の顔をのぞき込んだ。

 なんとなく気まずくて、陽太から顔を背けようとして――。


「違ーーーう! 百瀬と小泉くんが、同伴出社した件についてだ!」


 打ち合わせ中じゃなかろうかというくらい真面目なテンションの恋脳こいのー先輩に、


「同伴って言い方、やめてもらえませんか?」


 千秋は真顔で。相手が年上で、プロパーだということも忘れて。淡々と拒絶した。


「そういや同伴だな」


「たまたまじゃなく?」


「先週から同伴でしたよね」


「だから、同伴って言い方……」


 パチンコ先輩、ポテオリ先輩、アニオタくんが口々に言うのを聞いて、千秋はにぎりしめた拳をぷるぷると震わせた。


「ただ単にヒナ……百瀬くんに一人暮らしの部屋を占拠されつつあるだけです!」


 叫んだ瞬間、恋脳こいのー先輩以外のチームメンバーは、


「あぁ……」


 と、つぶやいて、憐みと同情に満ちた目で千秋を見つめた。

 ご理解いただけたようでうれしいけれど、その視線にちょっとだけ涙が出そうになった。

 

「だって、うちからよりも近いんだもん。片道一時間は違うし。しかも、起こしてくれるし!」


 千秋と恋脳こいのー先輩以外のチームメンバーの、なんとも言えない表情になんて、これっぽちも気付かず。陽太はにこにこと笑いながら、力一杯、言った。


「同伴ではなく、同棲か!」


 恋脳こいのー先輩も恋脳こいのー先輩で、クワッ! と、目を見開いて。違う、そうじゃない……的な言い直しをしている。

 ツッコミを入れるのも面倒くさくなって、千秋は曖昧に笑った。


恋脳こいのー先輩、恋脳こいのー先輩! こういう場合はシェアハウスって言うんじゃない!?」


「シェアした覚えはない。ただの占拠だ」


 ツッコミを入れるのは面倒くさくても、譲ってはいけないところもある。

 いけしゃあしゃあと言う陽太を、千秋はじろりとにらみつけた。


「毎朝、起こしてもらって。手作りの朝ご飯を二人で食べて。いっしょに出社して。帰る場所も同じ。もう、これは同棲と言っても過言ではないな!」


 やっていることについては間違っていないのだけど、


「過言です」


 千秋は真顔で首を横に振って、恋脳こいのー先輩の言葉を否定した。


「何か困ったことがあったら相談しろよ、小泉くん! 異性、同性、人外、あらゆるものと恋に落ち、愛を育んできた俺が全力で相談に乗ってやる!」


 もう恋脳こいのー先輩の耳に千秋の言葉は届いていないようだ。

 て、いうか、人外――。


「え、千秋だけ? 俺は? 俺の相談は?」


「面倒だから断る!」


「えええぇぇぇ~!?」


 陽太の絶叫も、恋脳こいのー先輩はあっさりと無視した。


「同じ布団で寝ているのか! 相手のネクタイを選んだりしているのか ! 一本の歯ブラシを二人で使ったりしているのか! 初々しいな!!」


「寝てません。選んでません。使ってません。初々しくありません」


 恋バナに花が咲いちゃった女子中学生レベルでテンションの上がっている恋脳こいのー先輩を、千秋は冷ややかに見つめた。


「あ、でもパンツは共用してるよね」


「ヒナ……百瀬くんが、勝手に履き間違えるだけだよね!? わざわざ、わかりやすいように一番上の段と下の段に入れてるのに、毎回、毎回……!」


 あっけらかんと問題発言をする陽太を、顔を真っ赤にして怒鳴りつけていた千秋は、


「すまない。俺にはもう、何も教えられることはなかった……!」


「え、なに……何基準で心、折れたんですか!?」


 ひざから勢いよく崩れ落ちた恋脳こいのー先輩に驚いて、飛び退いた。


「俺は……後輩に何も教えてやることのできない、だめな人間だ……」


「えーっと、なんで心が折れたのかはさっぱりわかりませんが……そんなことはないです! 真っ先に! 何はなくとも! 百瀬くんに、常識というものを教えていただけると……!」


「俺には無理だーーーっ!」


「力一杯の拒否!?」


 恋脳こいのー先輩の絶叫に、千秋も思わず大声で聞き返していた。


 ***


 モバイルパソコンを手にフロアに入ってきた岡本は、


「おはよう、みんな。ごめんね、部長に捕まっちゃったんだ。遅くなっちゃったけど、今から……朝会を……」


 自分の席がある島をぐるりと見回した。


 パチンコ雑誌を広げている四十代の部下と。

 パーティサイズのポテチ(にんにくしょうゆ味)を抱えている年齢不詳の部下と。

 爆乳マウスパッドを真顔で、がっつり、両手で揉んでる二十代の部下と。


 机の下にもぐりこんで頭を抱えてしまっっている三十代の部下と。

 それを引っ張り出そうとしている、二十代の最近、入ったばかりの派遣社員の子と。

 派遣社員の子を手伝ってるつもりなんだろうけど、ただ腕にしがみついて。じゃれて、邪魔をしているだけにしか見えないお喋りな部下と。


 他のチームから向けられる白い目と、賑やかな部下たちを見て、岡本は疲れ切った微笑みを浮かべた。

 月曜の朝も、チームメンバーたちは変わらずに元気いっぱいだ――。

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