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6話

 一通りの自己紹介ののち、私は彼の家に泊まることになった。

 スーパーで買い物をする彼の後ろをついていきながら、私は今更後悔していた。冗談半分に泊めてくれなんて

言ってしまったが、まさか本当にそうなってしまうとは。

 軽薄過ぎた。親に連絡した、なんて嘘までついて。半ば脅すようにして彼に泊めてもらおうとするなんて、私は何をそんなに必死になっていたんだろう。

 彼には謝ったが、彼が泊っていけと言って頑なだったから、結局私は彼の家に泊まることとなった。

「あ、あの、本当に大丈夫なんですか? ご迷惑になりませんかね」

 私は前を歩く早乙女さんに尋ねる。

「別に見られて困るもんがあるわけでもないし、料理が一人分から二人分になるだけですからね」

 早乙女さんは手早く野菜をカゴに入れながらそう答えた。

「え、でも、えとその」

 私は動揺していた。自炊できる男子かっこいいな、とか、それでも迷惑じゃないかなとか、いろいろな思考が巡って頭がパンクしてしまいそうだった。

「嫌なら無理強いはしませんよ? 親御さんも心配するでしょうし」

「え、でも……」

 今更帰れと言われても、親には会いたくなかった。しかし早乙女さんにこのまま迷惑をかけてしまうのも忍びない。

「やっぱり家には帰りたくないです……」

 素直に帰ると言えばいいものを、私は結局そう言ってしまうのだ。なんだか涙が出てきそうだった。

 そんな私に早乙女さんは優しく微笑んで、言った。

「じゃあ、宇津木さん。何か食べたたいものとかありますか?」

「へぇっ? 食べたいもの、ですか……?」

 急に聞かれて変な声が出た。声が裏返って素っ頓狂な音がスーパーに響き渡った。私は自分の耳が熱くなるのがわかった。

 質問の意味を咀嚼して返答するまでに、私の混乱した頭ではその処理に数秒かかってしまった。

「じゃあ、えっと、ハンバーグがいいです……」

 私はふと思いついた好物を挙げた。好きなものなんていっぱいあって、挙げだしたらキリがないけれど、その中でも特に好きなのがハンバーグだった。

「ハンバーグ、お好きなんですか?」

「はい、大好きです……」

 大好き、ではなく好きと答えるだけでよかったのに、“大”までつけてしまって、私はまた恥ずかしくなった。

 早乙女さんはハンバーグの材料をカゴに放り込んでいく。

「なんか……、新婚さんみたい……」

 そんな彼の様子と後ろをついていく私がまるでそう思えて、つい口からポロリと漏れてしまった。

「新婚ですか」

「うぇ!? あ、聞こえて……!」

 彼に聞かれてしまった。私はまた素っ頓狂な声を上げた。

 もう顔に血が集まり過ぎて爆発してしまいそうだった。


 彼の家に着いてしまった。

「どうぞ、なんもないですけど」

 そう言われるがまま、私は家に上がった。一人暮らしと言っていたけれど思ったよりも広い。高校生なのに一人暮らしをするくらいだ(私の同級生にはそんな娘はいない)、裕福なお家なんだろうか。

「へえ、意外とひろいんですね。それに思ったよりも綺麗……」

 思ったことがそのまま口から出た。私の悪い癖だ。

「その辺に適当に荷物置いちゃってください」

「はーい」

 早乙女さんが指さすところにカバンを置いた。

「あと脱いでください」

「へ?」

 早乙女さんの言葉に耳を疑った。それって服を全部脱げってこと? 脱いでどうするの? いや、相手は年頃の男の子だもんすることは一つだよね。そういうことだよね? いいのかな、出会ったっばっかりでそんなことしちゃって。いやでも茜たちももうシてるっていうし私だけ取り残されるのもいやだし。

「あああのそのそそうですよねタダで泊めてもらおうなんて図々しいですよねでも私そういう経験ないというか初めてなのでやさしくしてほしいというか」

 早乙女さん意外とっていうか結構顔もいいしこうやって泊めさせてくれて優しいし。この人が初めてになるのかぁ、なんて思ったら益々顔が熱くなってくる。

「雨で濡れた制服を洗うだけですよ」

 雨で服は濡れちゃってるけど、こんな顔が熱くなってたらこの熱で乾かせちゃうんじゃないかな。あ、ていうかスるんだったらいろいろ準備必要だよね。先にお風呂とか浴びた方がいいのかな、処理とかしなきゃ。あ、でもカミソリとかないな。さっきのコンビニで買っておけばよかったかも。

「でもでも避妊はしてくださいねまだ子供は早いかなというかでも早乙女さんが私のこと愛してくれるっていうならやぶさかではないというか」

 そう、なにより愛が大事。いいこと言うな私。どうせだったらちゃんと愛してほしい。

「あの?」

 わあああ! なんか具体的に考え出したら恥ずかしくなってきたぞ! やっぱダメ! こういうのはしっかりと段階を踏んでお互いの愛を確かめ合って、それからもっと深い関係になるために愛を誓いあいながら――!

「だだだめですよっやっぱり私たち高校生なんですからそんなことは……」

 そんなことはいけない! まだ私たちには早い!

「宇津木さん落ち着いてください」

 がしっと早乙女さんが私の肩に手を置いた。わあ、男の人って手大きいんだなぁ……。

「はっ……」

 って、これはもしやキスを迫られてる?! わあ、結構強引だなぁ、早乙女さんは。

「……」

 私は覚悟を決めて目を閉じた。

 いくら待ってもその時は来なかった。

「雨で濡れた制服を洗うだけです!! その間に宇津木さんはお風呂入ってください!!」

「はっ! あ……ぁぅ……」

 目を開けて早乙女さんを見ると、険しい顔をして私を見ている。あれキスするんじゃないの? ……もしかして私の勘違い?

 ……勘違いみたい。私の顔はリンゴを通り越してもはや血の色そのまんまであるだろう。

 恥ずかしすぎる。誰か私のことを殺して……。

「脱衣所はアッチです。タオルと俺の古着置いておくんで、上がったらそれ使ってください。お湯はボタン押せば自動で溜まるので、湯船に浸かりたいならご自由にどうぞ」

「ふぁい……」

 ちょっと怒った様子の早乙女さんが言うままに私は脱衣所に向かった。

 そりゃ起こるよね。いきなりキモイこと言い始めたほぼ初対面の女子なんて。

 私は自己嫌悪に陥りながら制服を脱いでお風呂場に入った。

 髪にシャンプーをしてコンディショナーをつける。男子もコンディショナーを使うのかと感心しながらコンディショナーを濯いで流し、ボディーソープが入ったボトルに手を伸ばす。しかし、ポンプをいくらプッシュしても一向に出てくる気配がない。

 あれ。切れてしまっているんだろうか。体を洗うのは後回しにして、顔を洗おう。

 顔に付いた泡を洗い落とし、ボディーソープが切れてしまっていることを早乙女さんに伝えようと、私は浴室のドアを開けた。

 その瞬間。

「早乙女さーん、ボディーソープが切れ……、――きゃああああ!!?」

 目の前に早乙女さんがいた。私は思わず悲鳴を上げてしまった。

 あわわわわ、み、見られた。

 な、なんでいるの? いや、いて当然か。早乙女さんの家だもんね。

 どうしよう。見られちゃった。ていうか今も見られてる。ガン見してる……。

 って、私も体隠しなさいよ。何してるの、驚きすぎて体が思ったように動かない。

「ごめんなさい!!」

 私の身体が言うことを聞くまえに、早乙女さんがものすごいスピードで後ろを向いた。

「あ、あわわわわ……」

 私は今更ながら大事なところを腕で隠した。

「ご、ごめんなさい。私よく確認もせずに……」

「こ、こちらこそ申し訳ないです!」

 沈黙。

 き、気まずいなぁ。なんでまだ脱衣所にいるんだろ。

 あ、そうだ、ボディーソープのこと言わなきゃ。

「あ、そうだ。早乙女さん、ボディーソープが切れちゃってるんですけど」

 私がそう言うと、早乙女さんはいそいそと背を向けたまま洗面台の下の戸棚を開けた。

「い、今用意するんで、ちょっと待っててください」

 早乙女さんはごそごそと取り出した詰め替え用のパックを、背中を向けたまま器用に後ろ手で差し出してきた。

「これで詰め替えてください」

「はい、ありがとうございます」

 詰め替え用のパックを受け取った私は、浴室のドアを閉めた。

 はぁ、男の子に裸を見られてしまうなんて。お嫁に行けない、なんてそんな前時代的なことを言うつもりはないけど、それでもやっぱり気になるものは気になる。

 私は沸騰しそうな頭を冷やすために冷水をシャワーから出した。

「ひゃあああ」

 しまった。思ったよりも冷たかった。

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