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3話

「ここのアパートです。どうぞ、なんもないですけど」

 そう言って宇津木さんを自分の家に招き入れる。

 家と駅まではそんなに距離がないので、沈黙の気まずい状況も長くは続かなかった。

 気づけばあっという間に我が家に到着だ。

 そういえば、この家に住み始めてから、大家さんと父親を除けば初めての来客だった。

「へえ、意外とひろいんですね。それに思ったよりも綺麗……」

 宇津木さんは靴を揃えて玄関に上がると――こういう行動からも、育ちの良さが伺える。流石はお嬢様高校の生徒だ――部屋を見渡して呟いた。

 2DKの俺の城は、高校生の一人暮らしには随分と広い。

 本来は借りると結構なお値段になるらしいが、大家さんが親戚のため、安く借りれている。

 広いのでゆったりと暮らせてかなり気に入っている。トイレと風呂は別だし。

「その辺に適当に荷物置いちゃってください」

「はーい」

「あと脱いでください」

「へ?」

 俺が脱げと言ったら固まってしまった。

 何もいやらしいことではない。言い方が悪かったとは思うけど。

 雨に一度濡れた制服を洗うために脱げといったのだが、伝わっていないっぽい。

「あああのそのそそうですよねタダで泊めてもらおうなんて図々しいですよねでも私そういう経験ないというか初めてなのでやさしくしてほしいというか」

「雨で濡れた制服を洗うだけですよ」

「でもでも避妊はしてくださいねまだ子供は早いかなというかでも早乙女さんが私のこと愛してくれるっていうならやぶさかではないというか」

「あの?」

「だだだめですよっやっぱり私たち高校生なんですからそんなことは……」

 聞いちゃいなかった。

 なんだか避妊がどうとか随分と生々しい発言をしてたような気がする。完全に自分の世界にトリップしているな。

 随分と妄想たくましい人だ。

 そんなトリップしてしまった宇津木さんの方に手を置き落ち着かせる。

「宇津木さん落ち着いてください」

「はっ……」

 満更でもなさそうだったのがなんとも複雑な気分になる。

 何とかこっちの世界に戻ってきてくれた。

「……」

 かと思えば、目を閉じて唇を軽く突き出し、手を胸の前で組んだ。

 所謂、キス顔だ。そのポーズは完全にキス待ちの少女のそれだった。

 ほんとに襲ってやろうかなコイツ。

「雨で濡れた制服を洗うだけです!! その間に宇津木さんはお風呂入ってください!!」

 劣情を催しつつも、大声を出して宇津木さんの目を覚ます。

「はっ! あ……ぁぅ……」

 かあっと見る見るうちに赤く顔を染める宇津木さん。

 見てるこっちまで恥ずかしくなってくる。

「脱衣所はアッチです。タオルと俺の古着置いておくんで、上がったらそれ使ってください。お湯はボタン押せば自動で溜まるので、湯船に浸かりたいならご自由にどうぞ」

「ふぁい……」

 さっきのがよっぽど恥ずかしかったのか、俺が早口でまくし立てると、小っちゃくなった宇津木さんは脱衣所にとぼとぼと歩いていった。

 さて、宇津木さんが風呂に入ったのを確認して脱衣所に入る。ここからは自分との勝負だ。

 脱いで畳まれた宇津木さんの服を、洗濯表示を確認して洗濯機に入れていく。

 決してやましいことは一つもない。

 別に下着をまじまじ見ようとして見ているのではない。あくまで洗濯表示を確認しているだけであって、その過程でサイズが見えちゃっても不可抗力なのだ。意外と着やせするんだなとか、結構大きいんだなとか考えていない。誓って。

 良心の呵責を感じつつも、なんとか洗濯スタートのボタンを押す。

 俺の服も濡れてしまっているので洗いたいところだが、一緒に洗うのは罪悪感があるので、後回しでいいだろう。

 制服が洗濯可能なものでよかった。とは言え、乾燥機にはかけれないので、自然乾燥させるしかない。

 この時間ならば、洗ってすぐ干せば翌朝には乾いているだろう。部屋干しになってしまうのは申し訳ないが。

 洗濯の次は飯だ。

 作るのは宇津木さんがご所望のハンバーグだ。あとはスープを作ればいいか。サラダは出来合いのものを買ったし、そんなに手間はない。

 黙々と調理を進める。

 独り暮らしを始めて早一年。慣れたもんだ。

 ハンバーグは出来立てを食べてもらいたいから、もう少し後で焼き始めるとして、スープを作ってしまおう。具だくさんの野菜スープだ。

 一段落ついたところで、宇津木さんに着替えとタオルを用意してないことに気づく。

 寝室のクローゼットから着なくなった服を引っ張り出してくる。

 俺が着ていたもので、古くなっているとは言え、着なくなってからも何回か洗ってはいるし、目立ってほつれたりした部分もないので、このパーカーとスウェットでいいだろう。

 暑かった時のために一応Tシャツも用意しておく。

 脱衣所に入ってバスタオルと着替えを置く。

 その時だった。

 ガラリと風呂場のドアが開き――

「早乙女さーん、ボディーソープが切れ……、――きゃああああ!!?」

 ――宇津木さんの絹を裂いたような悲鳴が上がった。

 きっと台所にいるであろう俺を呼びたくてドアを開けたのだろう。

 首だけ出して呼べばいいところを、なぜかドアを全開にして呼んでしまった。

 俺がキッチンにいれば何の問題もなかったのだが、あろうことか俺は脱衣所にいた。

 いろんな不幸が重なってしまい、このような惨状へと至ってしまった。

 こういうのを間が悪いというのだろう。

 まさか俺がいるなんて思ってもいまい。どこも隠すことなくドアを開けたせいで、いろいろと見えてしまっていた。

 宇津木さんはあまりのショックに固まってしまって、その美しい肢体をありありと晒していた。

 思わず見とれてしまい、反応が数瞬遅れたが、

「ごめんなさい!!」

 そう言って後ろを向いた。

「あ、あわわわわ……」

 ようやく再起動したのだろう。後ろから宇津木さんの声が聞こえてくる。

「ご、ごめんなさい。私よく確認もせずに……」

「こ、こちらこそ申し訳ないです!」

 場に沈黙が流れる。

 非常に気まずい。

 ドア、閉めたのかな。そう思い振り向こうとすると、

「あ、そうだ。早乙女さん、ボディーソープが切れちゃってるんですけど」

 そんな声が聞こえてきた。

 振り向かなくてよかった。振り向いていたらまたさっきのようになるところだった。

 そう言えばボディーソープを切らしていたっけな。

「い、今用意するんで、ちょっと待っててください」

 そう言って戸棚を開ける。もちろん、浴室が見えないようにだ。

 浴室のドアを閉めてくれればいいのに、宇津木さんは開けっ放しで立っている。見えはしないからあくまでも“そんな感じ”なのだが。

 恥ずかしがっていたくせに、変なところで抜けている。

 そんなことを考えながらも、詰め替え用のパックを取り出し、後ろ手で宇津木さんに渡す。

「これで詰め替えてください」

「はい、ありがとうございます」

 そんな会話をして、浴室のドアが閉まる音が後ろから聞こえる。

 浴室のドアが閉まりきる前に、そそくさと脱衣所から出た。

「はあぁぁ……」

 思わずため息が出る。

「何してんだろ俺」

 冷静になってみれば。

「女の子家に連れ込むとか……」

 宇津木さんの裸を見て、興奮はおろか一周回って冷静になってしまった。

 落ち着いて考えてみれば、初対面の女の子を家に上げ、あまつさえ裸まで見てしまうなんて。事故とは言え、嫌われてもおかしくない。

 しかしまあ、ここまできてやっぱり出ていってください、なんて口が裂けても言えないわけで。

 気にしないことにしよう。

 問題が解決したわけでもない、ただの後送り。しかしこれが一番だ。偉い人は言いました。気にしたら負け、と。

 脱衣所でのハプニングが起きてからおよそ30分。宇津木さんが風呂から上がってきた。

 お互い気まずさで一度も目を合わせてはいないが、もうご飯にしますか、と聞いたらしっかりと返事が返ってきたので、無視されるということはないみたいだ。無視されるのが一番心にクるからな。一安心だ。

「宇津木さん、さっきはすみませんでした」

 髪を乾かし終わった宇津木さんが、洗面所からダイニングに戻ってきたところで頭を下げる。

 事故とは言え、さすがに謝らないのは後味が悪い。本当は、美味しい思いをしたのでお礼を言いたいくらいなのだが、言ってしまえばマッハで嫌われコース直行だろう。

「い、いえ。あの、私の不注意でもあるし……。そんな頭下げたりなんかしなくても大丈夫ですよ?」

 許された。

 キモイとか死ねとか言われるくらいは覚悟していたが、まさかあっさりと許されるとは。女神か。

 これ以上掘り下げても気まずさが増すばかりなので、料理を並べてしまう。

 料理を並べながら宇津木さんを盗み見る。俺の古着は少し大きいようで、ダボついて、萌え袖になっている。自分の服を着せるという背徳感と合わさり、とてもイイ。

 そんなことを考えながら並べられたメニューはいたってシンプル。要望どおりのハンバーグと、野菜スープにスーパーで買った出来合いのサラダだ。

「わあっ! おいしそう~!」

 宇津木さんはハンバーグに目を輝かせていた。

「ほんとにお料理上手なんですね!」

「ありがとうございます。ささ、食べましょう」

 褒められた気恥ずかしさをごまかすように、早口で促す。

「いただきます」

「めしあがれ」

 手を合わせてくれる宇津木さんに返事をして、俺も食べ始める。

「んんっ! おいひい!」

 宇津木さんはハンバーグを頬張り破顔した。その些細な仕草にドキリとしてしまう。

「すごいおいしいです! お母さんが作ったのよりも何倍も好きです!」

「そんなにですか? ありがとうございます」

 何倍も好き、そう言われて嬉しくない人間はいないだろう。表情を取り繕ってはいるが、内心は感極まって踊りだしそうだった。

「早乙女さんなんかニヤニヤしてません?」

「……え、そうですかね」

 そう指摘されて思わず頬を触る。

 取り繕えていたつもりになっていただけで、顔に出てしまっていたらしい。

「そんな照れなくてもいいのに。こんなに上手なのって、やっぱりお母さんから教わったりしたんですか?」

 そう尋ねる宇津木さんの視線の先には、写真立てがあった。

「その写真、お母さんですか? 綺麗な方なんですね~」

 早乙女さんにそっくりじゃないですか、と写真を見つめながら言う宇津木さん。

 写真には大きなお腹を慈しむように見つめる妊婦がひとり写っていた。

「ええ、俺の母親ですよ。と言っても、会ったことはないんですけどね」

「え……、それって……」

 言外の意味を察してくれたのか、宇津木さんは二の句を継ぐことなく、押し黙ってしまう。

「母親からは料理は習わなかったですね。祖母ならありますけど」

「そ、その。ごめんなさい……」

 そう言って宇津木さんは箸を止めて俯いてしまった。

 まずった。食事中にするような話題じゃなかったな。

 適当にお茶を濁しておけばよかったものを。

「俺こそすみません、こんな話題出しちゃって。さあ、食べてください! 冷めちゃいますよ!」

 しんみりしてしまった空気を吹き飛ばすように、声を張って話しかける。

「……はい」

 結局、雰囲気はよくなることのないまま、時間だけが過ぎていった。

 二人とも食べ終わったので、食器を洗い、俺は逃げるように脱衣所に入った。

 宇津木さんはダイニングのテーブルで課題をしていた。

 パジャマと替えの下着を脱衣所に置き、風呂場に入る。

 頭と体をサッと洗い、顔を洗った。そして湯船に浸かろうとして踏みとどまる。

 待てよ。お湯が張ってあるということは、つまりこれは宇津木さんの残り湯……。

 なんてこった。

 気づいてしまったらもう遅い。意識せずにはいられなかった。

 先ほどの暗い空気もどこへやら、である。

 恐る恐る足を入れ、腰を落とし、肩まで浸かる。

 女子高生の残り湯に浸かる日が来るとは。なんだかとても犯罪臭がする。

 はっ、まさかこれが美人局か……! そんな考えが頭をよぎる。

 風呂を出たら宇津木さんのかわりにヤの付く怖いお兄さん達がいたりして。そうなったらお金とか強請られるのかな。

 あり得る。

 美少女が家出をしてウチに転がりこんでくるより、そっちの方が可能性はありそうだ。

 こんな都合のいい展開にも、それなら納得がいく。

 ほんとにヤの付くお兄さんがいたらどうしよう。


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