私を殺すお菓子
ごきげんよう、ひだまりのねこですにゃあ。
最近、すっかりエッセイを書かなくなったので初めましての方も多いかもしれません。
エッセイは書きたいんですけどね。物理的な時間が無いのですよ。
一日十分しかない自由時間でお絵描きと連載の執筆をしなければいけないんですよ?
いくら書くのが早い私でも不可能なのです。
さて、そんな状況の中、なぜエッセイを書こうかと思ったのか。
事件は今日の午前中に起こりました。
私は近所のスーパーに主食のパスタを買いに行ったんですよ……。
なぜ主食がパスタなのかって? コスパが良いからに決まってます。
まあ、それは置いておいて、そういえばティッシュがもうすぐ無くなるなと思い出して売り場へ向かったんです。あ……ティッシュはもちろん箱無しですよ。なぜ箱無しなのかって? コスパが良いからに決まってます。
すいません……前置きはここまでにしましょう。
実はパスタ売り場からティッシュ売り場に行くには大きな難所があるんです。
それは何かって?
お菓子売り場を通らなければならないんですよ!!
あの魔境を。
あああ、キラッキラに輝いているお菓子たちを横目に買うことも出来ずに通り過ぎるしかない気持ちわかりますか?
例えるならば、人懐っこい触り放題の猫ちゃんたちがゴロゴロお腹を見せながら戯れているのを指一本触れることなく通り過ぎなければならないってことです。
買えばいいじゃん、って思いましたか?
買えないんですよ、お金無いんです!!
くっ、一体私は前世でどんな罪を犯したというのか?
それでもいつものように鋼のメンタルとスルースキルを全開にして脇目もふらずに通り過ぎようとしました。
そこで事件は起こってしまったんです。
私、以前からエッセイで書いてますが、気配察知が人並外れてすごいんですよ。
生き物だけじゃなくて、無生物にも適用されるのです。
たとえば――――
そう、特売コーナーとか。
「にゃっ!? 大好きな塩味のおせんべいが特売……だと!?」
なんてことだ……いつもよりも50円も安い……単純計算で三袋買えば一袋タダで付いてくるというわけだよね?
ここ何年も毎回値段をチェックしてきたが、一度も特売にならなかったあの品が……次に特売になる可能性は……ゼロに近い。少なくとも私が生きている間にもう一度遭遇出来るかと問われれば、否、と答えざるを得ないだろう。
「これは……買っても良い……よね?」
いや違う、買っても良いではない。買うべきなのだ。いつか買うのなら、今買え!! 物価上昇舐めるな!!
よし、買おう。長い目で見れば必要な投資だ。
『待て!!』
「だ、誰なのです?」
『もう一人のお前自身だ!!』
「な、なんですか? 止めたって駄目ですよ。もう買うって決めたんですから!!」
『止められるわけがないだろう? 私はお前自身でもある。お前がどれだけ耐えて……歯を食いしばって……頑張って来たのか、一番知っているのは他でもない私だ』
「だったら……」
『だがな……我が国の財政は苦しい。民は日々食いつないで生きてゆくのに必死だ。辛いのは……苦しい思いをしているのはお前だけでは無い。もちろんこの私も……な。もう一度聞く、お前が今すべきことは何だ? 値段に釣られてお菓子を買うことか?』
「……パスタと箱無しティッシュを買うことです」
『うむ、よくぞ踏みとどまった』
危なかった……あやうく道を踏み外すところだった。
目に入るから迷うんだよね。
すっと目を逸らした先にあったのは、おっとっとの赤い箱。
美味しいんだよなあ……コレ。
食べ始めると止まらない。絶対に猫をたぶらかす成分が入っているはず。
「そういえば、弟が好きだったなあ、このお菓子」
まだ一緒に住んでいた頃、買い物に行くといつもこのお菓子を真っ先に買い物かごに入れていたっけ……。懐かしいな。
もうあの頃には戻れないけれど、あの頃感じた感動は味わえないけれど……それでも変わらないものがここにはあるんだ。
『待て、早まるな』
大丈夫だよ、もう一人の私。私はそんな安い感傷に引きずられるような猫じゃあないんだから。
な――――なん……だと!?
きょ、恐竜を発掘しよう……?
あああっ!? よく見たらいつものと中身が違うじゃないか!!!
よ、四つのパーツを並べると……スピノサウルスに!?
ま、まさか……おっとっとに合体パズル要素が……?
『だ、駄目だ……目を逸らせ、誤魔化されるな。いくら大好きな恐竜と合体とパズル要素が入っていたからって、それが何になる? 味は同じだ目を覚ませ!!』
はっ!? す、すまない……だ、大丈夫、私なら大丈夫だから。
呼吸が荒い……明らかに興奮状態になっている。久し振りに感じた高揚感に判断力が鈍っているだけだ。落ち着け……大丈夫だ。そう、それでいい、まずは買い物かごからそいつを取り出せ。
くっ、手が重い……無意識に我が手が抵抗しているというのか? 小賢しい真似を……!!
理性で本能をねじ伏せる。
ようやく箱を棚に戻そうとした時――――
ああ……見えてしまった。
アノマロカリス……アンモナイト……フタバサウルス……メガロドン?
あれ……? おかしいな、ここは現代日本じゃなかったっけ?
もしかして時空の歪みに巻き込まれたのか?
『馬鹿野郎、おっとっとが発売されたのは1984年だ。古代におっとっとがあるものか』
内なる私の絶叫が聞こえる。
うん、わかってる。
これは罠だって。味も……値段だって同じ……いや、むしろ若干高い気がする。
『そうだ、これは罠だ』
でもさ……わかっていてもどうしようもないことってあるよね?
『……ロマンか?』
さすが私だね。
生きてゆくのにもちろんご飯は必要だよ?
だけど……ロマンが無い人生に一体何の意味があるって言うんだい?
『ぐっ……それは……』
「あはは、ごめんね。言ってみたかっただけ。安心して、買ったりしないから」
『……ねこ、お前……泣いているのか?』
なんで泣いているんだろうね……悔しいから? それともみじめだから?
いや違う。嬉しいんだ。
私には小説とエッセイ、イラストがある。
だから最低限の食べ物があればお菓子なんていらない。
そうやって心から言える自分自身が誇らしいんだ。
『それで? なんで買い物かごにおっとっとが入っているのだ?』
「だってさ、も、モササウルスだよ!? 私がトップクラスに好きなのに滅多に商品化されないモササウルスがおっとっとになったんだよ!! 嘘でしょ……こんなの食べるしかないじゃん」
他のはわかる。ブームになった生き物ばかりだし。有名どころを押さえた無難なラインナップだと言いたい。
だが……この面子の中にモササウルスを入れてくるセンス。グッジョブだとしか言いようがない。
海の王者に相応しいそのルックス、舌を噛みそうなネーミング。最高……です。
ここまでされたら罠だとわかっていても……行かなければなるまい。私の……負けだ。
『気持ちはわかるが……その分でパスタが買えなかったんだぞ』
そう。十日分の食を担うパスタが……一食分にもならないおっとっとになってしまった……。
「ねえ……私」
『何だ?』
「これはさ、私を殺すお菓子だよね」
『……だな』
ちなみに、お菓子売り場で五分以上ブツブツ独り言を言いながら悩んでいた不審者は私です。万一見かけても通報せずにそっとしておいていただけると幸いです。