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πの歌

作者: 遠山枯野

 僕はいわゆるゆとり世代の人間だ。そのせいで大人たちから大学進学後も就職後も軽蔑的な視線を浴びることがまれにあった。確かに馬鹿な奴は馬鹿だが、自主的に学べる人間は他の世代よりもずいぶんと自由な思考を手に入れることに成功している。僕の小学校時代、同級生の女の子の話だ。


 あれは、小学校5年生に上がったばかりの麗らかな春の午後だった。算数の授業でのこと、先生がいつものように質問した。

「今日は円の直径から周の長さを計算する方法を学びます。円周率はπ(ぱい)という記号で表すのでしたね。πはいくつでしたか。正雄君、わかるかな。」

「3。」

「惜しいわね。他に分かる人いる?」

 一人だけ手を挙げた。

「はい、由美ちゃん。答えて。」

「3.14」

「ダメ。先生、もう正解言っちゃうね。正解は3.1です。」

 由美ちゃんはその後も答え続けた。

「15926535」

「え?、何してんの?!由美ちゃん止めなさい!」

 先生の指示を無視して、由美ちゃんは淡々としゃべり続けた。

「89793238462643383279」

「由美ちゃん、やめてぇ~、ダメぇ~!」

 先生は失神して教壇に倒れてしまった。他の生徒の半数が失神し、残りは椅子から転げ落ちてのた打ち回っていた。

 由美ちゃんはなおも続けた。

「50288419716939937510」

 そのうち耳栓をつけた他の先生たちが駆けつけて、由美ちゃんの口の中にタオルを放り込んでその場はおさまった。

 僕だけは数値に対する免疫がついていたので、平気だった。なので、僕が由美ちゃんを家まで送り届けるように言われた。


 下校途中、タオルが窮屈そうだったので、僕は彼女の口のタオルを外してあげた。すると彼女は、授業中と変わらぬテンポで数値を並べだした。

「502884197169399375105820974944」

 僕の記憶している円周率はせいぜい小数点以下7桁までだ。正解を確かめようもないその数値の並びを僕は聞き続けた。


 彼女の家のドアが開き、彼女の母が向かい入れた。母が僕にお礼を言っている間も、家の中から、彼女の声が聞こえていた。

「592307816406286208998628034825342117067・・・・」

聞いた話によると、帰宅後、3時間、しゃべり続けた後、ぐったりと横になり眠ってしまったという。

翌日の朝には、いつもの彼女に戻っていた。円周率を小数点以下2桁まで答えた後のことを覚えていなかった。ゾーンに入ると脳内で自動的に計算が始まってしまうというのだ。


 僕は大切なことを学んだ。

 無理数というものは無限性とつながっており、非常に危険な数である。

 無暗に踏み込んではならない。下手すると宇宙をも滅ぼす可能性がある。

 ゆとり教育にも一理あるのだな。


 彼女は数学者になり、業界で注目される奇抜な論文をいくつか執筆したが、30代前半で結婚した後、専業主婦を続けているようだ。

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