世界の異変
「お嬢様ー!お嬢様ー!どこに隠れておられるのですかー!」
声を荒らげ、慌ただしく屋敷の中を走り回り、誰かを探すメイド達。
彼女達が必死になって探している人は、リンメル=フロストメイル。
フロストメイル家の三女にして、遊び盛りの子供であるリンメル=フロストメイル。
そして――
「まったくお嬢様ったらどこに行かれたのやら…」
堀川玲人の転生体。
そう私を探しているのだ。
そして、私を探しているあのメイド達は、私の身の周りの世話をしてくれているメイド。つまり、世話係だ。
「ふぅー…もうみんな行ったかな?」
メイド達の足音が消えるのを待ち、私は隠れていた机の下から体を起こし辺りを見渡す。
「よし、誰もいないか…な……」
私は、後ろに何とも言えない気配を感じ、恐る恐る後ろを振り返る。
「かくれんぼは終わりですかー?」
そこに立っていたのはこの屋敷のメイド長を任されてるメイリーというメイドだった。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
鬼の形相で目の間に立っていたメイリーをみた瞬間、とっさに走り出してしまった。
そりゃ、あんな顔されたら誰だってビビり散らかすだろう。それに、今の私は肉体年齢に引っ張られて、精神の方も幼くなっている。
前世なら、すでに何かしらの対処を考えていたのかも知れないが、今の私にそこまで頭の回る考えはできない。
それに、この世界はそんな悪知恵だけで乗り切れるほど甘くないことを私は知っている。
「今日こそは逃がしません。ちゃんと私の授業を受けてもらいます」
それは地球にはなかったもの。
「構築式展開」
メイリーが手を前にかざし、何かをつぶやき始めた。距離があり、何を呟いているのかは分からのが、一つ分かるとすれば、アレに掴まれば終わるということだ。
《フィレス・オーディナル・アクセピレン・フォールド・ティバー》
そして、何かを呟き終わると、メイリーの手のひらに光り輝く、何かが浮かび始める。
「え…?ちょ…うそでしょ!?」
私は、全速力でメイリーの視界から離れようとする。だが、子供の一歩というのは案外短いもので、一直線に続いている廊下を駆け抜けるのは困難だった。
「対象の座標を固定。鬼ごっこも、もう終わりです」
《彷徨う風の道標
メイリーが呪文のようなものを唱えた瞬間、私の体が宙を舞いメイリーの方へと引き寄せられていく。
「ちょっと…待ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
そうして私は、メイリーにがっちりと体を掴まれてしまった。
「メイリー!それは卑怯じゃない!構築式を使うなんて卑怯よ!」
そう口にすると、メイリーがため息をつきながら他のメイドを呼び、私を部屋まで連れていくようにと指示を出している。
「聞いてるの!」
その言葉にメイリーが私のほうを振り向きこう言い放った。
「私に話を聞いてほしければ、まず日頃の行いをどうにかしてくださいませ。私達も暇ではないのです」
「うっ……」
その言葉に私は何も言い返すことはできなかった。
いや…言い返すことは許さないという感じの方が正しかったのかもしれない。
ただメアリーの言葉には、怒りは籠もっていなかった。
「んー…暇だ」
そば付きのメイド達から自室へ運ばれほどなくして、私は痺れを切らしていた。自室に運ばれたものの、そのまま放置され、約三十分ほど経過しようとしていた。
「んーー…どうしようか?」
その間に私は、私の現状の状況を整理していた。
私がこの世界に転生させられた理由。そして三歳ごとに流れてくると予想される前世の記憶。
これには、何か意味があるはずだと思い、今の私なりに色々と考えていた。
だが、イレギュラーが発生した。
私の仮説が正しけば次は九歳の誕生日の日に新たな記憶が流れてくる予定だったのだが…夢を見た。
この世界とかなり類似しており、なぜかその世界では戦争が起こっていた。
その夢の中に、リンメル=フロストメイルという名前が登場したのだ。
でも夢で見た記憶とこの世界の類似性は、今のところはあまり感じられなかった。ただ名前が被ってしまっただけということも考えられる。
そこら辺は、記憶が戻ってくれば自然と答えが分かるようになるかもしれない。
「だから今は、私にできることを精一杯するだけ!だから今はこの場を……」
「どうやってお逃げになさるつもりですか?」
ふと顔を見上げるとそこにいたのは、メアリーだった。
「め、メアリー」
あぁ、オワッタ……。
彼女がこの場にいる限り、私は逃れることはできないだろう。それほど彼女の持つ力は強力だった。
この屋敷のメイドとなる前は、冒険者をしていたという噂もある。
真実は分からないが、メアリーが本気を出せば、私なんて一瞬で制圧されるてしまうだろう。
だから私はしぶしぶ椅子に座り、メアリーの授業を聞くことにした。決して!メアリーが怖いからとか、そんな理由ではない!断じてない!
「今日は、そうですね…継承の儀も近いですし、『世界能力』についての勉強といたしましょうか」
「世界能力…」
世界能力とは、この世界の神…つまり、創造神自らの手で作り出した知恵のある生命体に授けた祝福…特殊技能のこと指す。
簡単に言ってしまえば、魔法や、さっきメアリーが使っていた構築式がそれに該当する。
「まずはおさらいをしておきましょう。『世界能力』とは、創造神様が生物を創造される時に与えた力だと言われています。その際に、知恵のある生命体にのみ与えた力のことをすべてひっくるめて世界能力と呼びます。世界能力は十歳になると、協会で継承の儀が行われますので、そこで初めて、自分がなんの世界能力なのかが判明します。一説では生まれたときにすでに世界能力は確定されていると言われていますが、それが本当かは定かではありません」
「……」
メアリーの説明は教科書通りの説明で少しわかりにくい。まぁ、そのように文献にも書かれているから仕方がないと思うのだけど…。
私なりの解釈はこうだ。
創造神が力を与えたのは創造神が《《自らの手》》で生み出した生物。それが、知恵のある生命体ということなのだろう。
つまり、この世界を作り終え、この世界で自然発生した微生物や、動物はこの『世界能力』という力を保持していない。
実際、動物でこの力を保持しているという話は聞いたことがない。そこに、魔物が該当しないのが、不思議な話ではあるのだけれど。
それに、今更間のある内容だったので続きを私が語ることにした。
「『世界能力』は三つのクラスで構成されていて、一つ目が知能を持ち使用者の力に合わせて成長する…リミット。二つ目が知能の持たず使用者の力量に応じて力を発揮するレガシー。そして……最後に、禁忌とされ、そのまま名前にもなったタブー。その中でタブーだけが文献が何も残っていない…でしょ?」
メアリーが驚いた顔をしてこちらを見つめている。
この顔を見れただけでこの授業に出たかいがあるというものだ。
まぁ、この程度のことなら三歳の時にすべて調べ尽くして、暗記してある。
どこの世でも情報を集めるのは基本中の基本だ。
「えぇ…そうです。よくお勉強なされていますね……私たちの授業は受けてくださらないのに……」
メアリーがそう発言し、落ち込んだ表情を浮かべる。
なんか悪いことをしちゃったな…。
今度からはちゃんと授業に出てあげようかな。
だが私には、一つ気になることがあった。
「でも世界能力って創造神様から授けられるものだよね?ならその中にタブークラスの世界能力を授かる人だっていたはずだよね?その人たちはどうなったの?」
私の疑問は当然禁忌とされているタブークラスの世界能力を授かった人たちがどうなってしまったのか。
私はメアリーの言葉を待つと同時に自分でも色々考える。
そうこうしている内に、メアリーが口を開ける。
「タブークラスの世界能力を授かった人たちは例外なく処刑にされているちと聞いています…」
メアリーは拳を握りながら、私の質問に答えてくれる。メアリーの瞳の奥には、怒りと憎しみの感情が見え隠れしていた。
「さて、今日はもう疲れたのでこの続きはまた明日にでもしましょうか…。明日は魔人族についてのお話でもしましょう」
私がメアリーに何か違和感を感じたが、私が踏み込んでいい領域ではない気がする……。それに、まずはお昼寝の時間だ!
「それでは、最後に質問はございますか?」
質問...私が気になっていたことを素直にぶつけたら、メアリーは答えてくれるだろうか?例えそれが、望まぬ答えだとしても……。
「じゃあ…どうしてタブークラスの世界能力を授かった人は例外なく処刑されてきたの?」
「どうしてです?」
「だって、どれも創造神様が与えてくれた物であって、そこに序列や区分みたいなものは最初は存在していないはずでしょ?つまり、レガシーや、タブーと言った名称は人間が作ったもの……」
「リンメル様は賢いですね。確かに、今の世界能力には序列が存在しています。下から、レガシー、リミット、タブー。これは、はるか昔、原初の王が定めたものらしいのですが…それがいけなかったのです」
「序列をつけちゃった事で、能力至上主義が広がってしまった…?」
「そういうことです。そして、タブーの世界能力は他のクラスとは違い、とても強力でした。そして、あの悲劇が起こりました。タブーの世界能力を持つ者たちはその力を使い、横暴なことを三十年に渡り自分たちの利益のためだけに行使してきたそうです。その結果が……」
「今の現状」
「そいうことです」
「ありがとう。答えてくれて」
「いえ、いつかは知ることになったものの一つです。気にしないでください。では私はこれで失礼します」
「うん…」
メアリーが部屋を出る最後に、メアリーの瞳に涙が流れていたのを私は見逃さなかった。
「大切な人でも、失ったってとこかな……」
大切な人を失う気持ちは、私にはわからない。何せ、前世の私にはそこまで大切と思える人がいなかったから。だから寄り添って上げることすらできない。
それに、今の私は子供だ。だから、大人の事情に首を突っ込むわけには行かないことはわかっているが……。
「なんだかなぁー……」
自分の無力さが…力のなさがこの世界に来てからこれでもかと痛感させられる。日本にいるときは、我慢さへしていればそれでよかった。
上に行けば行くほど、権力という力に押しつぶされていった人を何人も見てきた。
だからこそ、私は上に行くことを…権力という力を拒んできた。
だけど、この世界ではそれをすることはできない。
力を拒むことはつまり、死ぬことと同義。それを、今の私は理解している。今はそれだけで十分。
誰かを失う悲しみも、誰かを恨む憎しみも今はまだ必要ない。
なんせ、人生はまだ始まったばかりなのだから。