師匠の家族
転移した先は、とある家の前。日本の他の家と比べても大きくもなく小さくもないお家だ。二階建てのクリーム色の家。小さな門とお庭もあるけど、それだけだね。
んー……。さて。どうしよう。勢いで来てしまったけど、なんて言えばいいのかな。えっと……。うん。すごく緊張してきた。
チャイムは……門の側にあるやつかな。これを押すと、家の中にいる人を呼び出せるんだよね。緊張はするけど、躊躇していても仕方ない。なるようにしかならない。
押す。うん。押す。ただそれだけ。とりあえずそれをすれば、もうあとは進むだけなんだから。
最後に深呼吸して、チャイムを押した。ぴんぽん、という軽い音が聞こえてくる。そしてその直後に、はい、という女の人の声が聞こえてきた。
「あの……。ここは、菊池コウタさんの家ですか?」
「はあ、そうですが……」
「私は、その……。リタ。です。師匠の……コウタさんのことで、お話しがあります」
そう言うと、向こう側で息を呑んだのが分かった。三分ほど無言の時間が続く。さすがに急かすようなこともできないので待っていると、ドアがゆっくりと開かれた。
「どうぞ。入って」
出てきた中年の女の人は、どこか悲しげに眉を下げながらそう言った。
案内されたのは、和室だ。中央に机があって、机の両隣に座布団が置かれてる。和室の隅には、初めて見るもの。仏壇、かな。それがあった。
私の対面に座るのは、二人。さっき私を入れてくれた女の人と、最初からこの部屋にいた男の人。男の人は武さん。師匠のお父さんだ。女の人は智恵さんで、師匠のお母さん。二人とも、書類にあったからちゃんと覚えてる。
神妙な面持ちの二人に、私は頭を下げて自己紹介をした。
「初めまして。リタといいます。その、今日はお二人に話があって……」
「待ってほしい。その前に」
武さんに言葉を止められて顔を上げると、優しげな笑顔を浮かべてくれていた。
「敬語が苦手なら気にしなくていい。話しやすいようにしてくれて構わない」
「ええ、そうよ。配信のままで構わないから」
ということは、配信、見てくれてるってことだね。いつから見てたんだろう。もしかして、師匠の配信も見てたりしたのかな。
少しだけ気になっていると、武さんがすぐに教えてくれた。
「俺たちは配信は見ていなかった。君がテレビで取り上げられてから、興味本位で見るようになったんだよ」
「ええ。だから、リタちゃんが、あなたのお師匠様の実家を探していることも知ってるわ」
だから、と続けた智恵さんは、今にも泣きそうな顔だった。
「リタちゃんのお師匠様は、私たちの息子なのね?」
「ん……。精霊様が、間違い無いって」
「そう……」
二人とも、それきり黙ってしまう。私も何を言っていいのか、ちょっと分からなくなった。ずっと考えてたんだけどね。師匠があっちで何をしてきたかを、私が知ってる限りで話してあげたいと思ってたんだけど……。私の頭も、真っ白だった。
少し重たい沈黙に耐えながら次の言葉を考えていると、武さんが意を決したように口を開いた。
「リタちゃん。よければあいつのこと、教えてくれるかな? もちろん、君が知っているだけでも構わないから」
「ん……。もちろん」
話したいこと、話せることを頭の中で整理しながら、私は師匠のことを話し始めた。
話し終えた頃には、日はもうとっくに沈んで、さらにもっと時間が経っていた。時計の短針が九の時間にある。夜の九時、らしい。すごく長く話していた気がする。
話を聞き終わった二人は、どこか嬉しそうに笑っていた。
「本当に、あいつらしいと言うかなんというか……」
「料理は嫌いなくせに食べることが好きだったから……。頑張ったのね」
師匠は前世でも食べることが好きだったらしい。ただ、あれだけ料理を頑張ってたぐらいだから、こっちでも料理をしてると思ったんだけど……。そうでもなかったんだね。
二人はひとしきり笑うと、二人そろって目を伏せた。静かな時間が流れていく。二人とも、小さく肩を震わせてるから泣いてるのかも。だから、何も言わないでおく。
今更だけど、私はここに来てよかったのかな。亡くなっていた大事な人が知らない場所で生きていたと聞かされて、でも今はまた亡くなってる、なんて。私は、ひどいことをしたのかも。やっぱり来ない方が良かったかな。
でも、そう思ったのは私だけだったみたい。
「リタちゃん」
顔を上げた二人の顔は、どこか晴れやかだった。
「最後に教えてほしい。コウタは、楽しそうだったか?」
「ん。毎日楽しそうだった」
間違いなく、師匠は第二の人生を楽しんでたよ。生まれてからの記憶が残ってることを言った時も、くだらない復讐心なんて持たずに俺みたいに楽しく生きろよ、なんて言ってきたぐらいだし。
後ろを見て暗くなるぐらいなら、何も分からない前を見て今を楽しむ。そうすれば人生どうとでもなる。というのが師匠の考え方だった。笑う門には福来たる、だって。
だから私も後ろを見ない。かつての両親に思うところはもちろんあるけど、私にはもう関係のない存在だ。だから私は、今も好きなように生きてる。
そう言うと、二人とも嬉しそうに笑ってくれた。
「そうか。最後まで楽しんでいたなら、幸せに生きてくれたなら、もう何も言うことはないさ」
「リタちゃん、教えに来てくれてありがとう」
その後は、智恵さんが手料理を振る舞ってくれた。師匠が一番好きだった料理、唐揚げだ。
「さあ、リタちゃん。たくさん食べてね」
揚げたての唐揚げはカリッと香ばしくて、噛むと肉汁があふれてきた。真美も作ってくれたことがあるけど、唐揚げは智恵さんの方が美味しいと思う。
もしかしたら、師匠が好きだったっていうのを知ってるからかもだけど。それでも、私にとってもすごく好きな味だった。
「ん。すごく美味しい」
「あらそう? たくさんあるからどんどん食べてね」
本当にたくさんの唐揚げをごちそうになった。満足。
「ここをもう一つの家だと思って、いつでも帰ってきなさい」
武さんは少しだけ恥ずかしそうにしながらもそう言ってくれた。智恵さんが言うには、急に孫ができたみたいで恥ずかしいんだとか。
少しだけ。私も少しだけ、照れくさかった。もちろん嬉しかったけど、ね。
「精霊様、おみやげ」
精霊の森に帰ってから精霊様を呼ぶと、すぐに出てきてくれた。ただ、少しだけ心配そうな顔だ。やっぱり気になってたのかな。
「リタ、その……。どうでしたか……?」
「ん。師匠のこと、ちゃんと伝えてきた。教えてくれてありがとう、だって」
「そうですか……。それは、安心しました……」
精霊様はそう言うと、大きなため息をついた。安堵のため息、みたいなのかな。でも、今回はちょっと気持ちが分かるかもしれない。私だってすごく緊張したから。
「この唐揚げ、師匠のお母さん、智恵さんが作ってくれた。食べる?」
「はい……。はい。是非とも」
大きな紙のお皿を地面に置く。山盛りの唐揚げだ。揚げてすぐにアイテムボックスに入れたから、揚げたての美味しさを楽しめるはず。
「いただきます」
精霊様は早速一つ手に取って、口に入れた。ゆっくりと食べてる。いつもよりしっかり味わってるように感じるのは気のせいかな。
「とても……。とても美味しいです」
「ん」
私もこの唐揚げはお気に入りだ。すごく美味しいから。
二人で唐揚げを食べていく。師匠のことを少し思い出しながら。
「リタ」
「ん?」
「何かあれば……、必ず相談してください。私は、あなたを失いたくありません」
「ん」
心配性だと思う、けど……。きっとこれは、精霊様の本心、なんだろうね。心配してくれて嬉しくないと言えば嘘になる。心がぽかぽかしてくる。
だから。
「私は守護者だから。まだ、やめるつもりはないよ」
どこに行っても、友達ができても、家が増えても。それでも私の帰る場所は、ここだから。
それを聞いた精霊様は、嬉しそうに微笑んでくれた。
壁|w・)ここまでが第六話で、第一章、みたいなイメージで書いてました。
次話からは第二章で第七話。いずれ時間ができれば章分けしたいところです……。
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ではでは!





