心桜島の海鮮丼
「い、い、い、らしゃいませ!」
「あー……」
出迎えてくれたのは、若い男の人。とんでもなく緊張しているのが私でも分かった。なんだか冷や汗がいっぱいだ。
「大丈夫? 体調悪いの?」
「ひゅっ……。いえ! いえ! 大丈夫、です!」
「ふうん……?」
『ぺろっ。これはリタちゃんファンの味!』
『何をなめたんですか……?』
『それにしても最初から緊張しすぎでは?』
『さては真美ちゃん、あらかじめ連絡してたな?』
「最初から行くつもりなんだから、事前連絡は大事かなって……」
そうらしい。私もこれからはそうした方がいいのかな。あらかじめ分かっていることの方が少ないけど。
店員さんに案内されて、店の奥に向かう。
お店はたくさんのテーブル席が並んだお店。一番奥はカウンターになっていて、恰幅のいい女の人が包丁を握っていた。何かを作ってるところみたい。
私たちはお店の一番奥。あまり目立たない場所だ。ちなみに通っている間、他のお客さんからたくさん見られたけど、それはいつものことだね。
「かかかかかかかかかか」
「店員さん、落ち着いて?」
「かか! か、かか……!」
「鳴き声なの?」
「リタちゃん……」
『鳴き声言うなw』
『店員さんがんばれ!』
いつかのお船で会った人みたいになってるよね。少し待ったらちゃんとお話ししてくれるかもしれないけど、私は早く海鮮丼が食べたい。
どうしようかなと思っていたら、カウンターの方から大声が飛んできた。
「なにやってんだい! 早く注文を取るんだよ!」
「は、はい! すみません!」
包丁を握っていた女の人の声だ。それで我に返ったみたいで、店員さんはゆっくりと深呼吸した。
「失礼しました。海鮮丼でいいでしょうか」
「ん。お願いします」
「私も同じもので」
「かしこまりました」
店員さんが小さく頭を下げて戻っていく。後は待つだけ……。
「リタちゃんリタちゃん。ふりふりしてあげて」
「ん……? いいけど」
じゃあ、手を小さく振っておく。ふりふり。
「ぐっふ……。生ふりふり……」
あ、倒れた。
『店員さーん!?』
『真美ちゃん、なんてことをさせたんだ……!』
『でもこの店員さん、生ふりしてもらったんだよな……』
『生ふりってなんやねん』
『羨ましい。処す? 処す?』
『社会的に抹殺しよう』
『何するつもりなんですかねえ』
えっと……。知らない間に魔力でもこめてたりしてたかな……? いや、そんなことはないはずなんだけど……。
あ、店員さんが立ち上がった。なんだか恍惚な笑顔になってる。こわい。
「俺は……死ぬまでがんばれる……!」
『生ふりは一生続く麻薬だった……?』
『リタちゃん、おそろしい子!』
「手を振っただけだよ……?」
本当に意味が分からない。この人たちにとって、どういった意味があるのかな。
そうして少し待つと、海鮮丼が運ばれてきた。ちなみに持ってきたのは女の人。さっきの男の人はもう使い物にならないから、だって。なんだか悪いことをしちゃったかもしれない。
「ごめん」
「気にしなくていいさ。ゆっくり食べな」
そう言って、女の人は私の頭を撫でて戻っていった。
『しれっとリタちゃんの頭を撫でていったぞ』
『羨ましい!』
『処す? 処す?』
『怖いからだめです』
『よわいwww』
相手を選ぶのは悪いことじゃないと思うよ。この場合はそれ以前の問題のような気もするけど。
海鮮丼は、お魚の切り身がいっぱい載っていて、とても美味しそう。お醤油はテーブルにあるからご自由に、ということらしい。
「いただきます」
それじゃあ、一口……。ちょっと甘めのお魚だ。歯ごたえがしっかりあって、美味しい。何のお魚だろう?
「店員さん」
呼んでみた。戻ってきた男の店員さんがびくりと体を震わせて振り返る。
「は、はい?」
「何のお魚?」
「お、おさかな!? えっと、えっと……。おさかなです!」
「…………」
知らないっていうことかな? いや、別にいいけど……。でも、女の人の方が、ちょっと、怒ってるよ……? 額に青筋が浮いてる。
それに気づいた店員さんが顔を真っ青にしてるけど、私は悪くないはずだ。多分。
『俺らが処すまでもなく処されそうな雰囲気』
『店員さん、強く生きて』
『なお、元凶の真美ちゃんはお腹を押さえてぷるぷるしてます』
『笑いすぎだろ元凶w』
真美が楽しそうなら、私はちょっと嬉しい。
それじゃあ、残りも食べてしまおう。んー……。新鮮なお魚、なのかな。とっても美味しかった。
壁|w・)心桜島では麻薬の密売(リタの生ふり)が行われることがあるそうです。





