・勇者の受難
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僕がこの世界に来たのは、本当に突然だった。
中学校から帰った後、受験勉強のために塾に向かおうと家の外に出て、突然足下に変な模様が現れて……。気づいたら、僕は石造りのじめじめとした部屋にいた。
そうして告げられたのは、勇者として召喚させてもらった、ということ。
僕だって、まあ、いろいろ嗜んでる。最近はリタちゃんの配信を見て、異世界……異星だけど……それが実際にあると知って、まさか僕が選ばれるなんて、と興奮したよ。
きっととても強いチートをもらって、無双して、いろんな女の人とお近づきになって……なんて、そんなことを考えていた。正直、わくわくしていた。
現実はそんなに甘くなかった。チートなんてそんなものはない。剣を握っても振り方なんて分からない。魔法を聞いても使い方なんて分からない。戦い方は何一つとして、分からない。
それでも、周囲は僕に対する期待をやめなかった。きっと訓練すればすぐに上達すると、あなたは勇者なんだからって……。
一度経験すれば変わるはず、なんて言われて魔獣討伐に同行して……。自分には無理だって、自覚した。
獣を斬った後の血の臭い。魔法で焦げた肉の臭い。思い出しただけでも吐き気がする。僕には、誰かと戦うなんて、絶対に無理だ。
それから城の部屋に引きこもってるけど……。いつ追い出されるのか、分からない。追い出されたら僕はどうなるんだろう。何も知らない異世界で、たった一人……。嫌だ。怖い。怖すぎる。
この世界、この星は、どこなんだろう。リタちゃんがいる世界なら助けてくれるかも、と思えるけど……。この宇宙に生命体のある世界はわりとある、というのを知ってしまった今となっては、希望は持てない。運良くリタちゃんの星に呼ばれたなんて、そんな奇跡にはすがれない。
怖い。本当に、怖い。だれか、たすけて……。
毛布にくるまってそう念じていたら、僕の鞄からスマホの音が響いた。
「う、うわ……!? え、な、なんで……!?」
もしかして……ここは、地球のどこかだった……? 慌ててスマホを取り出して着信画面を見てみる。だめだ……知らない番号だ。
でも、着信には間違いない。通話状態にして、耳に当ててみて……。
『私、まじょーさん。今、サモナード王国の前にいるの』
え、な、なに!? なに!? 本当になに!? メリーさん……じゃなくてまじょーさん!? まじょーさんてなに!? いやそもそも……。
「さ、サモナード王国……?」
『…………。わたし、まじょーさん。今、あなたがいるサモナード王国の前にいるの』
あ、言い直してくれた。つまりこの世界と……。いや待ってそういう問題じゃなくて怖い怖い怖い。
あ、電話が切れた。いや、でも、このパターンは……。
電話が鳴った。おそるおそる出てみる。
『わたし、まじょーさん。今、サモナード王国のお城の前にいるの』
う、うわ……うわ……! ち、近づいてきてる! 名前は違うけど、やっぱりメリーさんだ! この世界にもいるなんて……! ど、どうしようどうしよう隠れたらいいの!?
い、衣装ケースの中とか……幸いあっちには何もないし……いやでも逃げ道がなくなる……!
また、スマホが鳴った。そ、そうだ、別に取らなければいいんじゃ……。あ、だめだ。勝手に通話モードになった。
『私、まじょーさん。今、お城の一階にいるの』
ついに中に入ってきた! 兵士たちは何をやってるんだ!? 戦う音も何も聞こえてこない……! もしかして、まじょーさんは兵士には見えてない、とか……!?
くそ……! とりあえず、隠れよう! 逃げ道とかの前に、見つかったらアウトだ!
『私、まじょーさん。今、お城の二階にいるの。あとタンスとかに隠れないでほしい。タンスごと燃やしてしまうかも』
え、なにそれ怖い。ここにきて直接的な脅迫がきた。部屋の中でおとなしく待て、ということ……? 殺されるのを、じっとして待て、と……!?
『私、まじょーさん。今、お城の三階にいるの』
三階……! この部屋は城の三階だ。だから、もうすぐ来てしまう……! ああ、くそ、全然使えないけど、剣で迎え撃つしかない……! 引きこもらずに少しでも剣の訓練をすればよかった!
『私、まじょーさん。今、あなたの部屋の前にいるの』
き、きた……! ついにきた! く、くそ! やってやる! やってやるよ! 僕だって、僕だって召喚された勇者なんだ!
さあ、こい……!
…………。あ、あれ? ドアが開かない……。不意打ちをしようと考えていたのに……。
そう、思った直後。肩を軽く叩かれた。
「私、まじょーさん、今、あなたの後ろにいるの」
「うわあ!?」
反射的に真横に剣を振る。剣は重たいけど、これぐらいなら……!
そうして振られた剣は。相手に指でつままれて止められてしまった。
「ん……。びっくりした。驚かせて、ごめんなさい」
『いきなり攻撃されるとはwww』
『ていうか誰だよこんなこと提案した阿呆。完全にびびらせとるやんけ』
『みんなの悪ノリの結果なんだよなあ』
目の前にいたのは、配信で何度も見たことのある、魔女。そして見覚えのあるコメントが流れる黒い板。さすがにここまで見たら、僕でも分かる。
「リタ、ちゃん……?」
「ん」
『おお、リタちゃんが分かるってことは視聴者さんか』
『まあ最近はニュースでも何度も見かけるから視聴者さんじゃなくても知ってるかもだけど』
『話が早くて助かるね!』
コメントが流れていく。すごい勢いで流れていくから、ほとんど分からないけど……。でも、いくつか読み取れたものから察するに、視聴者の提案でこんなことをしたらしい。
リタちゃんは、少し申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめん。そんなに怖いとは思わなかった」
「あ、うん……」
『リタちゃんが謝った、だと……!?』
『誰だそんなことさせたやつは! ぶっ飛ばしてやる!』
『俺らが原因ですが何か?』
『ごめんて』
驚いたのは事実だけど……。うん……。
僕は、その場に剣を置いて、鞄の方へと向かう。いろいろと頭がぐちゃぐちゃだけど、やらなければならない使命が、僕にはあるから。
「リタちゃん」
「ん?」
「サインをください」
「…………。ん?」
ペンとノートを差し出した。あと写真を撮らせてもらおう。ツーショットとか、いいかな……!
『草』
『わりと余裕やなこの子www』
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壁|w・)書いていて楽しかったです。
なお、実は最初から部屋にこっそり転移して、一回目の電話をかけていたりします。





