朱音さんと萌花さん
ポスターを貼り付け終えてから、朱音さんがこっちに振り返った。
「あ、あの……」
「ん?」
「握手してください!」
「ん」
『アイドルを目の前にしたお前らを見てるようだ』
『実際そんなものなのでは』
握手をしたがる人って結構いるけど、何がそんなにいいのかな。よく分からない。
朱音さんと萌花さんと握手。にぎにぎと。二人とも、なんだかちょっと握手が長かった気がする。私は別にいいんだけどね。
「す、すごい……。朱音、すごくちっちゃくて柔らかかった……!」
「我が人生に一片の悔いなし」
「朱音!?」
『草』
『お前はどこの世紀末に生きてるんだw』
こんなので喜んでくれるなら、もうちょっとぐらいやってあげてもいいんだけどね。
それよりも。私は本が気になってる。確かちいちゃんも必ず見てるアニメだったはず。中を開いて確認してみたけど、ちゃんとした漫画だった。
魔法少女の日常を描いたもの、みたいな感じで、悪くないと思う。魔法少女たちがキャンプに行く話で……。あれ、なんだか見覚えのあるキャラクターがまた増えて……。これ、キャンプのアニメのキャラのような……。
「ねえ、これって……」
「クロスオーバーってやつです!」
えっと。なんだっけ。二つのお話をまぜまぜするんだっけ。確かそんな感じだったはず。
「朱音。リタちゃんが、私たちの本を手に取ってるよ……!」
「緊張で死にそう」
「いっそ死ね」
『辛辣www』
『さすがに相手するのが面倒になってきたかw』
冗談だというのは見ていて分かるからいいけど。萌花さんはちょっと呆れているような顔だ。でも仲良しなのはよく分かる。
とりあえずこの本を買っていこう。ちいちゃんと一緒に読むのもいいかもしれない。
「あ、あの! リタちゃん!」
「ん?」
「あとでコスプレブースに来ませんか……!?」
コスプレブース。みんなでコスプレをする場所、かな? 私はコスプレなんてしてないけど……。でも、せっかく誘ってくれたんだし、行ってみるのもいいかも。
「いいよ」
「本当ですか!? じゃ、じゃあ……。お昼から交代する予定なので、その時に是非……!」
「ん」
『さらっとリタちゃんがコスプレブースに行くことが確定したぞ!』
『よっしゃよくやった!』
なんだかコメントも盛り上がってる。今のところは見に行くだけ、だよ。
朱音さんたちに手を振って、その場から離れる。次はどこに行こうかな……と思ったら、放送が流れてきた。これから一般の人の入場が始まるみたい。
『きたあああ!』
『祭りだあああ!』
『お前らまた後で会おう!』
視聴者さんにも来てる人はいるんだね。みんなそれぞれ、見に行きたいサークルというのがあるらしくて、ここからはそっちに集中するらしい。
私は……。邪魔にならないように、魔法で気配を薄くしておこう。師匠も多分そうするはず。
そうして、少し待つと。たくさんの人が入ってきた。本当に、本当にたくさんの人だ。
「わあ……」
『相変わらずすっごい人だなこのイベント』
『有休取った会社の上司が見えた気がした』
『お前の上司さんとはいい酒が飲めそうだよ』
みんな、決して走りはせず、でも早歩きで、目的地に向かっていってる。ちょっと移動するのも大変な状態になりそう。本当にすごいイベントなんだね。
とりあえず……。私は飛びます。天井が高いし。
『あー!』
『姿を消して飛ぶのはずるいと思います!』
『ずるっこだー!』
「だって人が多いから……」
楽しそうなみんなを邪魔したくはないから、ね。
私はどうしよう。師匠の付き添いみたいな感じで来ただけだから、私自身は何かを見てみたいというものはないわけで。ただ、この様子を眺めているだけでもちょっと楽しいかもしれない。
『リタちゃんどこにいるのかなと思ったら姿消して空飛んでんのか』
『ちょっとぐらい見れるかなと思ったんだけど』
私を見ても仕方ないと思う。自分の欲しいものを探しに行った方がいいよ。
とりあえず……。カレーの方に行ってみよう。そのまま空を飛んでふわふわと。何故かある私のコーナーに向かって、カレーのところに……。
「うわあ……」
『すっごい行列』
『事前情報なんてなかったはずなのにw』
『みんなどれだけカレー試食したいねんw』
何の行列かなと思ったら、カレーを食べるための行列だった。みんな、カレーが好きなのかな。視聴者さんが言うには、カレーの試食があるなんて誰も知らなかったみたいだけど。
「やっべ、思った以上にこれ美味しい」
「発売いつっすか!?」
「絶対買います!」
そんな声が聞こえてくる。これならカレーも安心、かな? 会社の人も大変そうだけど、嬉しそうだ。
『カレー食ってきたぞ!』
『マジでか。どうだった?』
『あくまでリタちゃんの好みに合わせただけ、なんて言われてるけど、普通に美味しい。とりあえず販売されたら買うわ』
『人並びすぎでは?』
『並んでる間に聞いてみたけど、みんな視聴者だったぞ』
『あーw』
つまり、私の配信を見て、この試食があるって知ったってことだね。むしろそれだけでこんなに人が集まったことがちょっと驚きだ。
まだ余ってたらもうちょっと欲しいと思ったけど……。これはさすがにだめそうだね。ちょっとだけ、残念。
カレーを食べた人はそのまま別のブースで本とかいろいろ買ってるみたい。もちろん、私の本も。別に嫌というわけじゃないけど、なんだか不思議な感じだ。
壁|w・)みんなで食べようリタのカレー。





