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この距離を

作者: 髙橋祐貴斗

 意識したことが全く無いと言えば嘘にはなるけど、それでもお互い慎重にそうならないように、長い事気を使ってきたのだ。


「チョコくれー」

 だから、全くいつもどおり堂々と大っぴらにチョコをたかりに行き、どっちが多く貰ったかとか、本命っぽいのがあるのかとか、そんな話を簡単にして、普通に別れるつもりだった。

……本人が、ソファでうたた寝などしていなければ。

「寝てんの?」

 見ればわかることをわざわざ口に出すのは、そういうパフォーマンスだ。起きないのかと、そういう期待を込めて。返事はない。

 ふむ、と唸りつつ、全く気にせずソファーの隣に座る。それが許される間柄だ。本人も気にとめないし、周りもそんなもんだと思っている。同郷で古馴染みでライバル。自分達の認識はそれで通っている。勉学にしろスポーツにしろ、張り合い高めあってきた仲だ、と。チョコレートも、その中の一つに過ぎない。

 彼女は学生時代からよくモテる。スラリとした長身と、穏やかに笑う瞳、それでいて運動神経も良いとくれば、まさしく校内の王子さまだった。俺もそこそこモテた方だけど。きゃーきゃー言われるのは楽しかったし、本命と言われるのは誇らしかったし。

 殆ど同じ状況で、あまり騒がれると困ったように笑う親友はからかうと面白かった。なんなら、むしろ相手の方がチョコをたくさん貰っている。それってどうなんだとは思わなくもないけど。

 もしも同数だったら、一つもらったら勝ちじゃん?と、そんな理由でチョコをたかり始めて、もう何年になることやら。

「おーい?」

 いたずらするように髪を梳きながら、起きないなら帰るかななどと考え始める。さらさらとした長い髪がとてもさわり心地が良い。睫毛の影が落ちる目元は、部屋明かりでキラキラと小さく輝いている。

 本当に付き合いの長さだけはあるから、寝不足を隠す為の薄化粧で、無防備に寝てるのは本気で疲れているからだとわかる。

そもそも、約束もせず突撃してるのはこちらの方だ。研究室に誰もいないのは、追い込みで疲れているのを気づかってなのか。

「わっ!あ、何?」

「おわっ、すまん」

 至近距離にいた事に驚きはするものの、それに、驚いた以上の反応はない。いつも通り。

「……あ、チョコ?」

「おう」

 ちゃんとあるよ、と身体をひねり、机の下の手荷物を探している。髪を纏めたうなじから、鎖骨にかけての襟ぐりが柔らかい。

その新しいニット、似合ってるとか言えば良いんだろうか。相手が彼女でなければ、チョコをたかりに来た手前、たぶんリップ・サービスに言うけど。

 そうしてしばらく待っていたけれど、なかなかチョコレートは出てこなくて、はた、と彼女の手が止まる。そうして、ちらりと伺うようにこちらを見た。

「まさかねぇの!?」

「いや、あるよ」

 歯切れの悪い彼女の机には、既にそれなりのチョコが乗っている。ホワイトデーに返すのが大変だから、最初から交換にするんだと、毎年結構な数を準備しているのは知っている。ゴネるように口を尖らせたら、しぶしぶとチョコレートが出てきた。

 探していた机の下からではなく、彼女の鞄の中から。


「はい、今年の。ホワイトデーは頼むよ」

 僅かに躊躇う恥じらいは、気付いていいのかいけないのか。

 やったサンキュー、と適当な口調でそれを貰い、要は済んだと研究室を後にする。けれど、口調とは裏腹に、胃の腑は妙に熱かった。

…………初めて、ホワイトデーを要求された。


 なあ、この居心地良い距離を、壊しても良いって思ってる?


 手作りではない。高級な物でもない。でも、たぶん義理でもない。

 親しい友人に感謝を込めて贈るのとは違う包装を、どうやって開ければ良いのか、全くもってわからなくなってしまっている。

バレンタイン滑り込み投稿

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