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黒のシャンタル 第二部 「新しい嵐の中へ」<完結>  作者: 小椋夏己
第一章 第四節 シャンタリオへの帰還
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10 駆け引き

「いえ、もちろん、ただの物盗りの仕業の可能性もあります。ですが、こう言ってはなんですが、俺たちは一応その道のプロとしての自負もあり、普通の賊ならば退けていただけの自信もあります。特に、俺はともかく、あいつがあれだけのケガをするなんて、一緒に戦っていた戦場でのことを考えてもありえないとしか」


 茶色い髪の若い男の説明を聞いて、アロがうーんと小さく唸る。


「盗賊に腕利きの傭兵上がりなどがいた可能性もないことはない。そいつらがたまたま俺たちより腕が上であった可能性はあります。ですが、かも知れない、それで奥様の命を守れないという事態だけは避けたいのです。それに……」

「それに?」

「ご主人がご主人だけに、もしかしてこちらの国との間の問題になりえる可能性がないこともないです」

「そんな方なのですか、ご主人とおっしゃる方は!」

「いえ、それは申せません。それを黙っているのも仕事のうちですし」

「さようですか……」


 アロはふうむと少し考え込むが、


「あの、冷たい言い方をしますとな、それはあくまで護衛を頼まれた方と依頼人との間の問題、であるとも申せるのです。この国をあげてお守りするようなことかどうか、ということです」

「なるほど、分かります」

「どこのどなたか分からぬ方を、この国で守る、本当にそこまでする必要があるのか、ということです」

「ええ、分かります」

「ですが……」


 万が一にも、外交問題になるような可能性があるのなら。


「あの、どこのお国の方か、だけでも教えては?」

「無理です」


 きっぱりと茶色い髪の男が言う。


「最初の契約には、一切身元を口外せぬこと、それが入ってますから」

「なるほど」

「奥様はご主人の許可がない限り、殺されてもご自分の身分を明かすようなことはなさらないでしょう。侍女の方は言うまでもない」


 少し考え無口になるアロに、茶色い髪の男が続けて言う。


「ことは急を要します。もしも、そちらを頼りにできないということであれば、また他の方のお力を借りる必要があります。急ぎます。ですので、だめならだめとこの場で今すぐ、はっきりとお返事をいただきたい」

 

 きっぱりと言われ、少しうろたえる。


「それから、こちらもはっきりと申します。今、こうしてる間にも、相手はこちらを伺っているかも知れません。逆に、この後、そちらがここを出て、我々に力を貸す者としてその相手に狙われたとしても、ここで繋がりが切れた場合、もうどうすることもできません。その場合はもう巻き込まれてしまったことと、諦めていただきたい」

「そんな! いや、あの!」


 それは困る。

 アロはあくまで一商人である。

 そんなことが、もしかしたら国家規模の陰謀に巻き込まれ、命を落としたり商会自体がつぶれてしまうようなことがあっては困るのだ。というか、そんなこと、想像すらできない。


「もしも、今ここで襲撃を受けたとします。その場合、俺は奥様を連れて逃げます。仲間を捨ててでも依頼人を守る。冷たい言い方をしますが、それが俺の一番の任務だからです。もちろん侍女の方も奥様のために命を捨てる覚悟はできている。そして動けない俺の仲間もそんなことは説明するまでも承知です。そしてその場合、依頼に関係のないその他の人のことは考えるつもりもありませんから」


『アロさんってのは商人だからな。情に訴えてだめなら損得に訴えろ。頭の悪い人ではない、現状を把握して考えてくれるはずだ。それで押せばなんとかなるだろう』


 と、トーヤがアランにアロ攻略法を伝授していた。


「ですが、もしも、オーサ商会が奥様を守る手助けをしてくださって、無事にご主人にお渡しできた場合、あの国の方のこと、誇りにかけてもオーサ商会に、この国に恩義を返されると思いますが、どうでしょうか?」


 思った通り、これからの先行きともしかしてさらに大きな商売の販路への一歩かも、を算盤で弾いたらしく、


「分かりました、できるだけお役に立てるようにいたしましょう」


 と、約束をし、急いで帰っていった。


「やったな」


 アロ一行が帰った後、トーヤが部屋からひょこっと出てきてそう言う。


「なんとかつなぎ取ってもらえそうかな」


 アランがフーっと息を吐き、ホッとしたように言う。


「しかし、ひっでえ話だよなあ」


 ベルが気の毒そうに言う。


「何だよ」

「だってな、いもしねえ襲撃者をけしかけるみたいにして、脅して言うこと聞かせてるんだぜ」

「まあ、話がうまくいけばアロさんにも、オーサ商会にも悪い話じゃない、そこは嘘じゃないからな」

「だって、かなりびびってたぜ、あのおっさん」


 ベルにかかるとそこそこ年配の男性はみんな「おっさん」ひとくくりだ。


「そりゃそうだろ」


 トーヤが楽しそうに笑う。


「この国はほんとにのんびりしてるからなあ。特にリュセルスはディレンが言ってたように時が止まったような街だ、間違ってもそんな恐ろしいことが起こるなんて、これっぽっちも考えたこともなかろうしな」

「そうなんだろうけどなあ……」

「それにな」


 表情を引き締めてトーヤが続ける。


「これから先はこの国もどうなるか分からん。そのために手伝ってもらうってのはあながち損なことじゃないことかも知れねえぜ?」

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