14 月満ちて
天気と潮の具合を見て、島で3泊した4日目の夜、つまり今夜の出発と決まった。
「明日の朝でもよかったんだがな、客たちの懐具合もあるだろう」
旅が1泊長引けば、それだけ入用が増える、というわけだ。
「あの宿も高いしその方がありがたいな」
「たっぷり抜いといてよくも言えたもんだな」
ここはディレンの船長室だ。あの、トーヤが金庫破りをした元倉庫。
「まあまあ、半分は残してるだろ? でも場合によっちゃまた貸してくれよな」
「どこまで厚かましいやつだ」
さすがにディレンも眉をひそめて見せるが、実は最初からそんな金を当てにしているわけではない。なので面白がる気持ちの方が強く、目の光にそれが見て取れる。
「おかげで今のところは足りてるよ、ありがとうな」
「なーにがありがとうだ、このドラ息子め」
今のディレンにとっては、トーヤたち「若いもん」とこうして関われるのが本当に楽しいのだろう。ではトーヤもその気持に甘えることにする。とりあえず今は、だが。
「それで、奥様はいついらっしゃるんだ?」
「んー、船が出るのが夜だろ? それまでにゆっくり温泉にお浸かりになって、美貌に磨きをかけてから、しゃなりしゃなりとお出ましになるご予定だ」
「そんじゃそれまでの分の支払いしてくるか」
「すまんな、ごちそうさん」
「何がごちそうさんだ」
トーヤの頭を一つ小突いてから、
「そんじゃ部屋から出るからお前も出ろ。しっかり鍵かけとかねえと、またネズミが出るかも知れねえからな」
そう言って追い出し、無意味と知りつつ、しっかりと確かめて鍵をかける。
船にはもうそろそろ気の早い船客が戻ってきつつある。元から船で過ごしている客は、もちろんすでにそれぞれの位置に落ち着いている。
船長と並んで歩くトーヤを見て、チラチラと視線を送って何かを言い合っている者もいるが、多分内容的には「奥様」の話題であろう。
「いやあ、人気者はつらいよなあ」
こちらを見ている若いお嬢さんに手を振りながらトーヤがそう言うと、
「おまえの話題じゃないと思うぞ?」
「いや、そんなこたねえ。『奥様の護衛の方素敵ね~』とか言ってくれちゃってんだよ」
「もうちょい現実を見た方がいいと思うがな」
「これだからやだねえ、枯れちゃったオヤジはよ」
ふうっと呆れたように息を吐き、
「たとえ嘘でもな、あんたも『船長素敵~』とか言ってると思ったほうが楽しかろうに」
「俺はそんなもん求めてねえからな」
「だから~嘘でもそう思うことで気持ちだけでも若くいろってんだよ」
「つまりそれはあれだな、本当はおまえのことほめてないのは分かった上で言ってるってことでいいんだな?」
「あんたの場合は、だよ」
トーヤはけろっとして言う。
「いやあ、つらい、色男はつらいわ~」
「勝手に言ってろ」
そんなくだらない話をしながら2人で船を降りる。どちらも行き先は同じ、例の「偉い方」がお泊りになる宿だ。
そこからさらに馬を並べて山道を歩き、目的地に到着した。
「そんじゃよろしくー俺は部屋に戻るから」
苦笑しながらトーヤを見送り、ディレンは宿の主に「奥様御一行」のご宿泊の分を支払い、そのまま宿を出ていった。
宿の主ランマトが、わざわざ部屋へ支払いが終わったことを伝え、これからの旅の平穏を祈るとの言葉と共にまたカエルのように平たくなって頭を下げ、礼を言いに来た。
「短い間ではございましたが、ご滞在いただきありがとうございました」
「ああ、世話になったな、いい宿だった。奥様もいたくご満足なさっていた」
「ありがとうございます。お戻りの時にもまたぜひご利用くださいませ」
「ああ、またよろしく頼むよ。船が出るのが夜だから、夕方までにはここを出る」
「はい、ご昼食後、いつでも馬車が出せるようにしておきます。お荷物などございましたらお早めにお言いつけくださいましたら、馬車に乗せておきますので」
「ありがとうな、じゃあ昼食後に荷物を出させてもらう」
「はい、では、失礼いたします」
体の大きな宿の主は、できるだけ床に張り付くようにして深く深く礼をすると、体を丸くして立ち上がり、下がっていった。
「あーあこの宿ともお別れ、そんでまた船の生活に戻るのか~」
「まあそう言うな。立派なベッド入れただろうが」
「でもあれシャンタル用だろ? おれは侍女様用で寝るの変わんねえじゃん」
「じゃあ私と一緒に寝ればいいんじゃない? 今度のベッドは大きいし」
「そうか、そうしよ」
「はい、だめー!」
アランがベルが返事をし終えるまでにストップをかける。
「お年頃の娘さんは男と一緒に寝たりしません、だめです」
「おかんかよ、兄貴」
このところやいのやいのと娘扱いされるのに、ベルが少々うんざりしてきている。
「大体な、そういうこと言うのシャンタルに対して疑ってるみたいで失礼だぞ?」
「おまえな、逆だろう」
アランがビシッと言い返す。
「いい年した男がな、一緒に寝てなんもしないと思われる方がよっぽど失礼なんだよ」
「まあ、そうだな」
トーヤも横からアランに同意するが、
「そうだぞ、トーヤなんかおまえの年にはだな」
「あー!」
いきなり大きな声を出し、
「アラン大丈夫だ! うん、13歳なんてまだガキだからな、うん!」
と、急な路線変更をした。




