13 模様替え
翌朝も前日より短時間ではあったが、「奥様」はお買い物に出かけられた。
前日の話を聞いていて、もしかして、と様子を見に来た船客もおり、昨日より一層たくさんの人が失礼にならない程度にと遠巻きに輪を作る。
今日は昨日と違って食べ物、飲み物が多いようだった。新鮮な果物などを明日の出港前までに船に届けてくれるようにと頼んでおり、その量も半端なく多い。
それから酒樽もいくつかと、つまみになりそうな魚の干物なども。
午前中にさっと買い物を済ませてしまうと、さっと宿に戻ってこの日は終わりであったが、その午後にまたちょっとした騒ぎになる物が船に運び込まれた。
職人街の男たちが木材やその他色々な物を船に持ち込む。目つきの悪い黒髪の護衛が一緒に乗り込み、何かを組み立てているような音がひとしきりすると、仕事を終えた職人たちが満足そうに帰っていった。
船室で何事かが行われたのは確かだが、今度ばかりは見守っている船客も船員も何があったのか分からないままであった。
「おい、あれはなんだ」
船長のディレンが奥様一行が滞在する宿に乗り込んで来たのはその夜のことだった。
「ちょっとした模様替えだよ、気に入ってくれたか?」
「いや、気に入るも何も、あれを今の船長室に持って来たらそっちはどうするんだよ」
「ああ、大丈夫だ、ちゃんと新しいのが入ってるから心配するな」
ディレンが夕刻、船に戻って船長室に入ってみると、元の船長室にあったはずの寝台が元倉庫の現船長室に移動していた。
「残り半月、年寄にちょっとでも楽してもらいたくてな、そんで運ばせた」
「運ばせたって、鍵がかかってただろうが」
「あんなもん鍵のうちに入らねえからな」
トーヤがニヤッと笑ってみせると、
「まさか、やりやがったな……」
ディレンがハッとして言う。
「何がだ?」
「今度の豪勢な買い物のお支払いだよ、金庫から持っていきやがったな」
「あ~馬車の売上金な、ちょっと一時お借りした。安心しろ、またちゃんと返してやるって」
「この野郎……」
ディレンが呆れて言葉を詰まらせる。
昨日の朝、一度船に戻った時に元倉庫の鍵をさっさと開けて中に入り、ディレンが隠してあった金庫を探し出して馬車の代金を半分ばかり拝借してきていた。
「あの金があったから思いついたんだよなあ、ありがとうな」
「ありがとうじゃねえよ、全くいい手癖しやがって。ってか、あの金庫、よく見つけた上によく開けられたもんだ」
元の船長室から重い据え付けの金庫をあの部屋に運ばせ、上から空箱などをかぶせて偽装してあった。かなりしっかりした丈夫な金庫だったはずだ。
「まあな、あんなもん酒樽抱えるのと一緒だ、ちょっとコツつかめばなんてこたあない」
得意そうに笑って見せる。
とてもそんな簡単なことには思えないが、やってしまったものは仕方がない。
「まあしゃあねえが」
と、ディレンも口では文句を言いながら、本心は愉快そうに言う。
「で、客室の方はどうなってんだ?」
「まあ明日の出港までには見せるよ。今日はもう、ほれ鍵はこうだし」
自分の懐からちらっと見せると、とっととしまってしまった。
「不用心だからな、鍵はこうして俺が責任持って預かってる。まあ入っても金庫に金とか入れてるわけでもねえから、入ってくれても構わねえが、なんかあった時に責任問題になるのはいやだろ?」
「よくまあ、のうのうと……」
ディレンが苦笑する。
「まあいい、そんじゃ出港は明日の夜、予定通りだ。買い物があるならそれまでに済ませとけ」
「ああ、もう多分あれで大丈夫だ。そんじゃまた半月頼むわ、船長」
「まったくこいつは」
どうしようもないドラ息子の所業に、結局はこれといって言うこともなく、事が間違いなくトーヤの仕業であることだけを確認すると、ディレンは自分の宿へと帰っていった。
翌朝、朝食後すぐにトーヤはディレンの宿を尋ねて一緒に船へ行く。
「こりゃまあ」
元船長室には天蓋こそついてはいないが、「奥様」にぴったりふさわしい優雅な寝台が設えられている。そして船長室のキャビネットには紗の布を垂らして隠し、執務机にもテーブルクロス、ぱっと見たところではどこぞの王族の寝室という風情に仕上げられ、香炉に香も炊いていて、邪魔にならない程度に良い香りが香る。
ディレンに部屋を見せる間、わざと扉を開けておいたので、通りがかりの船客や船員がちらりと部屋の中を覗いていく。また話のタネが増えたことだろう。
他に、部屋に運びきれないぐらいの荷物も、箱に入れて廊下に通行の邪魔にならないように積み上げてある。「お買い物」で買った品々だろう。
「船に乗る時には時間がなかったからな、これで残りの旅も快適に過ごされることだろう」
「まったく、えらいことしてくれるもんだ」
ディレンが呆れた声で言う。
「俺はこの船の雇われ船長だって言っただろうが、雇い主に文句言われたらどうしてくれる」
「そんときゃ、あんたがこの船買いとりゃいいさ」
「おい」
「あんたのもんになっちまえば、誰も文句言やあしないだろう」
トーヤは愉快そうに笑っておいて、
「まあ、きれいにしてもらって文句言うやつなんざ相手にしなきゃそんでいい」
そう言ってけろっと話を終わらせた。




