7 運命の一部
「あれか、男だったからか?」
「またずばりと聞くな」
クスリと笑ってからトーヤが答える。
「それもあるらしいな」
「それが大きいんじゃねえのか」
「俺もそう思ってたんだが、あいつが男なのはもっと大きなことのためみたいだから、その意味では違うかもな」
「男なのに意味がある?」
「そのへんはまた話せると思ったら話す」
トーヤがはっきりと線を引く。
「ただ、あいつが男に生まれたから出されたってのは、そのことの一部だと思う。例えば女だったとしても出されてる」
「見た目に関係があるか?」
「褐色の肌と銀の髪か? それも男だってのと一緒みたいだぞ」
「『みたい』ってことは、おまえにもはっきりとは分からんってことだな?」
「ああ、そもそも今回のことで分かるなんてこたあほんの一部だ」
「そうなのか」
「ああ、宮の主だった人たちでもそうだ。ただ、運命が運命のまま進むのを邪魔しねえ、ってだけで精一杯だったからな」
「なんか、思った以上に複雑そうだな……」
「だから言ったじゃねえか」
楽しそうにトーヤが笑った。
「とにかく、あそこに行ったがために俺も色々考え方が変わったっつーか、うーん、なんてーのかな、受け入れねえとしゃあねえことが増えたって感じか?」
「ほう」
今度はディレンが楽しそうに笑った。
「おまえ自身が変わったんじゃなく、芯のどうしようもねえ頑固な生意気なクソガキのまま、持てるもんが増えたって感じか」
「なんつー言い方だよ、おっさん」
2人で声を合わせて笑った。
「まあ、そんな感じかな。俺自身はどうやっても変わりようがねえし」
「そうか、よかった」
ディレンが真面目な顔でふざけたように続ける。
「おまえがまともになっちまったら、俺はおまえの役に立つ、なんてこたあないからな」
「なんだよ、それ」
「おまえにとっちゃ、はなはだ迷惑なこたあ分かってんだ。でもな、俺にはもうあいつとの約束しか残ってないんでな、諦めてくれ」
トーヤも真面目な顔でじっと見返し、そして聞いた。
「なあ、あいつのどこがそんなによかったんだ?」
「ん? ミーヤか?」
「ああ」
「どこって言われてもなあ」
うーん、と考えるように腕を組み、ディレンが言う。
「分からん」
「分からん?」
「ああ、分からん」
「なんだよそりゃ。例えばどこがよかった、の一言ぐらい言ってやれねえのか?」
「そういうもんじゃねえんだよなあ、言っちまえば、運命だと感じた」
はっと肩で息をする。
「おまえをおっかけてあの店に飛び込んで、おまえがくるっとあいつの背中に回って、それを背中でかばってな、一部始終を見てたもんで、まっすぐこっち見て『ごめんなさい、あたしがやらせたの』そう言ってこっち見た時、ああ、こいつだ、そう思った」
「へえ」
その場に居合わせた、いや、その原因を作ったトーヤではあったが、初めて聞く話であった。
「その後で、今日初めて店に出ること、そのために自分で客を選んだこと、そんなことを淡々と話してる間もな、こいつだ、こいつだ、ずっと頭の中で誰かがそう言ってるんだよ」
「なんだよ、えらいロマンチックなこと言うじゃねえか、もういいおっさんだったくせによ」
「いや、冗談じゃねえんだよ、本当だ」
「へえ……」
あまりに真面目なので、トーヤもさすがにからかえる雰囲気ではなくなった。
「それで、そのままそういうことになっちまった。それでも、この間話したようにな、俺にもなんつーか見栄っつーか、そういうのがあってな、あんな店の小娘に一目でやられちまった、なんてこと言えるはずねえし、周囲にも、なんとなく関わっちまって、仕方ねえからしばらく付き合ってやる、てな感じで言ってた」
「そうか」
そのへんの心持ちはトーヤにも分からないではなかった。
「何しろ汚えどうしようもねえ店だったしなあ、気持ち分からんでもない」
「だろ?」
苦笑して言う。
「それまでの相方にも、なんでだってえらいこと責められたよ。自分にそんなに不都合があったか、とかな。それでも、あんなガキに関わっちまってしょうがねえだろう、関わった限りは一人前に独り立ちするまでの間面倒みてやることにしたから、それまで辛抱してくれ、そう言ってなんとか黙らせて、結局そのまま切れちまった。なんとかその店には面目が立つようにだけはしといたけどな」
「へえ」
トーヤが感心するように言った。
「それから結局10年か、あいつがいなくなるまで」
「そうだな」
「長かったのか短かったのか分からねえけどよ、あの10年があったから、今の俺は生きてるって気もするな」
「そうか」
トーヤは少し考え、
「あのな、それじゃあ俺も話しておくことがある。ミーヤが言ってたことだ」
「なに?」
「あいつもあんたに本気で惚れてたと思う」
「なんだと?」
ある時ミーヤがトーヤにこう言ったのだという。
「ディレンね、あいつ、あたしに本気で惚れてると思う。だけど、だめなんだよ、それじゃ。あいつはこんなとこでうだうだ言ってるようなそんなんじゃない、早くお別れ言ってあげないといけないんだけど、あたしもね、あいつと離れたくなくて、そんで困ってんの」
そう言って悲しそうに笑った顔を見て、ミーヤにとってディレンがどれだけ大事なのか、トーヤにも分かった。




