17 追いつく
「ああ、またやっちまった、そう思って慌てて東へ向かった。どこかの港で掴まえられるんじゃねえか、そう思って心当たりの港に寄って、知り合いに片っ端から声をかけて探したが、見つからなかった」
「俺の乗った船は」
トーヤがぼそりと言葉を挟んだ。
「内海をさっさと抜けちまったら、外海に出たあたりのあっちこっちで『商売』してたからな。だから多分、あんたは追い抜いちまったんだろう」
「かも知れん」
ディレンが目をつぶって答える。
「だがな、そんなこと考える余裕もなかった。なんとか『東の大海』に出るまでに追い付いて掴まえねえと、そればーっかり思ってた。そんで『ダーナス』に着いてもそんな船はないときたもんで。こりゃもう俺もあっち行くしかないと思ってな、たまたま東に向かうって船があったんで、雇ってもらって、乗せてもらってシャンタリオに行った」
「おっさん、気が短すぎ」
ベルが涙を拭きながらそう突っ込む。
「まあ、そういうなよ嬢ちゃん。ほれ」
そう言って貸してやったハンカチでベルが鼻をかむ。
「それ、もう返さなくていいぞ」
「トーヤにも同じこと言われた」
ハンカチを揉みしだきながらそう言うベルに笑う。
「なんだよ、しょっちゅうそんなことしてんなら、自分でハンカチ持ってろよな」
「だって」
またハンカチを顔に当てて泣く。
「そうこうしてる間に俺の船はあっちに着く直前で嵐に遭って、海に放り出された俺はこいつのところで世話になることになっちまった」
「なにを」
ディレンが驚いたようにトーヤに言う。
「言っただろうが、話の流れなら話すってな」
ぷいっとすねたみたいにトーヤが答える。
「それで、あなたはこの先どうしたいの?」
シャンタルがディレンに聞いた。
「やっと追いついたよ、会ってどうするつもりだったの?」
「どうって」
「トーヤが何をしてたか知りたいだけだった?」
少し考えてから答える。
「俺はミーヤとの約束を守りたい」
「つまり?」
「こいつの力になってやりたい」
「だって、よかったね、トーヤ」
美しい元女神が美しい笑顔で言う。
「この先、まだ時間はあるし、またゆっくり話をすればいいよ。話せること、話したいこと、話せないこと、色々あるだろうし」
そう言っておいて、
「そろそろ嵐も終わりかな」
言われてみると、波がやや穏やかになってきているような気がする。
「船長も色々仕事があるんじゃないの? 今日はこのぐらいでいいよね。私もちょっと寝たい」
「また寝るのかよ、シャンタル」
「だって、ベルが気持ち悪いって言うから心配で寝られなかったんだよ?」
「え、そうなのか、そりゃまた珍しい」
「嬢ちゃん、神様ってのはそんなに寝るのか」
シャンタルとベルの会話にディレンが口をはさむ。
「そりゃ寝る寝る、暇があったら寝てる。よくそんだけ寝られるなって感心するぐらい寝る、昼寝て夜もまた寝るからな」
「そんなに寝てるかなあ」
「寝てるってば」
「そうか、神様ってのは疲れるんだな」
「ああ、そうかも」
ディレンの言葉にシャンタルがにっこり笑う。
「だから、ディレンももう用は済んだでしょ、そろそろ船長室に帰ってくれる? 昼寝の時間だから」
一つあくびをして寝台に横になり、そうして頭からマントを被ると、あっという間に寝てしまった。
「な? いっつもこうなんだよ」
こともなげに、呆れたように言うベルにもディレンが呆れる。
「嬢ちゃん、おまえ、この人がどういう人か分かってるのか?」
「え、シャンタル? ああ、おれと兄貴もつい最近知ったばっかなんだけどな、神様らしいぜ。おっさんはなんでか知らねえけど、そのこと知ってるんだろ?」
子どもが手の中に握っている菓子の秘密を教えてくれるぐらいの軽い感じで言われ、ディレンは返事に困る。
「なあ、なんで知ってるんだ? なんで分かった?」
質問の仕方まであまりにも軽いので困り切る。
「なあ」
困りきったディレンはトーヤに話しかける。
「こいつら、いつもこんな感じなのか?」
「そんなもんだな」
そう言って、トーヤが少し笑う。
「まともなのは俺ぐらいのもんですよ」
アランがそう言って重いため息をつき、ディレンが笑った。
「それで、おっさんはなんでシャンタルが本当は生きてて、トーヤが連れて逃げたって分かったんだ?」
「案外知られちまってるもんなのかも知れねえ」
トーヤが誰にともなくと言う。
「え、そうなの?」
「ものごとってのはな、ツボを押さえて見てりゃ分かるって時があるんだよ。ってことは、やっぱりあっちに戻ってもしばらくは気をつけないとな。もしかしたら、宮やその周辺に、そのことに気がついて何事か考えてるやつがいるかも知れん」
「例えば誰だ」
アランが言うのにトーヤが首を振る。
「分からん。けど、何しろ宮の中では色々とあったからな。侍女の中でもそういう目で見てるやつがいて、そいつを利用してやろうってのがいても不思議じゃねえ」
「さすがに宮の中にはいねえんじゃねえの?」
ベルがそう聞くが、
「そうとも言い切れん。何しろいるのはみんな人間だからな」
そう言ってディレンを向き直る。
「この八年の間に何がどうなってるか分からん。そう分かってるつもりだったんだが、あらためて考えるきっかけになった、ありがとうな」




