16 嘘はない
「いえ、それはございません。私はピンクの花があったこと、それがよく香っていたことは奥様に報告いたしましたが、そんな恐ろしい花であったなど、全く知りませんでした」
ベルは小さくブルブルッと身を震わせて見せた。
「まことですか?」
「はい」
「そうですか」
「あの」
横からダルが声をかけた。
「はい、なんでしょうダル隊長」
そう、強面で存在感のあるルギや、見た目に反して曲者の副隊長のボーナム、若くて切れ者のゼトなどと比べると一般人っぽいが、ダルだって隊長なのだ。
「あの、俺がお見舞いに伺った時にもいい香りがしてましたよ」
「それはいつぐらいでしょうか」
「そちらのルギ隊長と同じぐらいの時だったと思います。お見舞いに行った話をしたので」
「そうでしたか」
ボーナムがそう言い、横から今度はゼトが発言する。
「ではその後ぐらいでしょうか、侍女頭付きの侍女たちが、そういえば気がつけば香りがなくなっていた、そう証言しております」
「じゃあ、花が弱って香りがなくなったんじゃないんですか?」
ダルがそう言う。
「その可能性もありますが、あのピンクの花は、元々香る花ではないらしいのです」
「えっ、そうなの?」
ダルが驚いてそう言う。
ダルにはあえてそのことは話していなかった。
ダルは素直で人のいい人間だ。なので、知らないことが多い方が本人のためにも良いだろうし、知って隠さないとと焦って話がおかしくなることもないだろう、そういう判断からだった。そして、そのことをあえてトーヤはダルに話してあった。
『おまえは人がいいからなあ、隠し事とかできねえ質だろ? だから知らない方が安全だからな、おまえには隠し事も多いぞ』
と。
それにダルも、
『そういや昔も嘘多かったもんなあ。色んな事、後で聞いてそれも嘘かよって思ったの思い出した。まあラクダは本当だったけどな』
人の良い笑顔で笑ってそう答えていた。
なので知らなかったのだ、あの花が本来は香らない花だということを。
「そういうの鈍い俺がこうして思い出せるぐらい、すごくいい香りがしてたけどなあ」
「ええ、そうなのです」
ボーナムはさらっと返答をする。
「ですから、あの香り、あれがキリエ様のお具合を長く悪くしていたのではないか、そういう疑いも出ております」
「えっ、そうなの!」
またダルがびっくりするが、今度は知っていてなった驚いた顔だ。だが、さっきの続きのせいかごく自然にできた。
「俺は、キリエさん……様、は血圧が上がって寝てらっしゃる、そう聞いてたんだけど」
「ええ、そうではないかと侍医も最初は思ったのですが、それにしては長引いていると心配だったそうです。それが、徐々に復調の兆しが見えて安心していたところ、あの香炉が届けられました」
「そうだったの……」
ダルが真剣な顔で言う。
ボーナムはダルの顔を見て、どうやら嘘はないと判断した。
「ええ、ダル隊長は本当にご存知なかったようですな」
「本当にも何も、ずっと心配してたからねえ」
心配する顔にも嘘はない。
ダルは本当に人の良い、今でこそ月虹兵の隊長などと呼ばれているが、本来は小さな漁村の漁師の若者でしかないのだ、とボーナムもあらためて思っていた。
だが、少し考え、ボーナムがダルに対して、ちょっと何かを疑うような顔になった。
「お聞きしたいのですが。なにゆえにダル隊長はこちらに?」
「俺? 俺は、リルがここでお世話になってるから、それで様子を見にきたんです」
「リル様を?」
「ええ、私は外の侍女を拝命しておりますが、たまたま所用で宮に上がっております時に、少しばかり体調を崩してしまって、お腹の子に何かあっては大変だと、キリエ様に許可をいただいてこちらに賜っております私の自室に滞在させていただいていました」
「それがなぜこちらに」
「あの王宮の鐘です」
リルはダルと違って口で誰かに負けることがほとんどない。頭の回転も早く、大抵の場合はうまく切り抜けてくれる。
「あの時、部屋で一人でおりましたら不安で不安でたまらなくて、お腹も張ってきた感じで、この子のことも心配で心配で。それで困っておりましたら、そこにこの部屋付きを承っておりますそこのミーヤ、私の同期なのですが、彼女が様子を見に来てくれました。しばらくは一緒にいてくれたのですが、その後も何の知らせもなく、ミーヤもこちらの部屋も気になる。では、非常時のことですし、思い切ってこちらに一緒にと移動してきたところ、このような時はたくさんの方が心丈夫だろうとエリス様が親切におっしゃってくださって、それでこちらの従者部屋でお世話になることになりました。私がそうして部屋を占領してしまったもので、そこのルーク様とアラン様がダル隊長の部屋に押し出されてしまった形です。それでよく行き来するようになり、こうして仲良くしていただいております」
リルが一気にそう語り終えると、ボーナムは圧倒される顔になったが、まあ納得しないとしょうがないな、という顔になった。
「そういう事情でしたか」
「ええ、そうなんです。まだ何かご不審な点がおありでしたら、ご説明いたしますが?」
「いえ、結構です、事情はよく分かりました」
ボーナムが慌てるようにそう行って辞退した。




