20 ルギとハリオ
「……ルギに、このことを知らせてきます」
「頼んだ」
キリエがエリス様の部屋を出て警護隊隊長室へ向かい、そのことを伝えた。
「そんな物が……」
「ええ」
「すぐにそのことを調べさせたいのですが、黒い香炉を調べたらあちらにも知られることになりましょうな」
「でしょうね」
セルマや神官長に知られずに「黒い香炉」があったかどうかを調べなければならない。
「気をつけて事を進めましょう。ありがとうございます」
「いえ」
そうしてキリエは自室へと戻り、ルギが静かに動き始めた。
ルギが部下たちに命じたのは、
「香炉に限定せず、全ての焼き物についての記録を調べろ」
であった。
もっと広く範囲を広げることで、黒から青への魔法に気がついたことを知らせないようにした。
神殿にも同じ条件でもう一度調べさせてほしいと伝え、神官長も了承をした。
「私は港へ行ってみる」
副隊長のボーナムたちと共に港へ向かい、同じ条件で船の積み荷を調べてまわり、アルロス号へと足を向けた。
「この間の続きなので、先日の方をお願いしたい」
ボーナムがそう告げるとハリオがまた応対をしてくれた。
「何度も申し訳ない」
「いえいえ、でもこれで3回目ですね、色々大変ですなあ」
嫌がる風もなく、気の毒そうに言ってくれる。
「こちらは警護隊のルギ隊長です」
「何度も申し訳ない」
ルギも丁寧に頭を下げ、ハリオも同じく頭を下げ、
「いえいえ、隊長さん自らご足労です」
と、何も考えていないように素直に言う。
「積み荷のことでまたお聞きしたいのですが」
「ああ、青い香炉ってやつですね? まだ見つからないんですか?」
「ええ、それで少し対象を広げようと思いまして。陶器全般、香炉のような形の焼き物全部についてお聞きしたいのです」
「え、そんなにたくさんですか! うわあ、そりゃ大変だ」
「申し訳ない」
「いやいや、こちらじゃなくそちらがですよ。大変ですなあ」
ハリオは気の毒そうにそう言うと、三度積み荷の書き付けを持ってきて、
「陶器、陶器、っと……えっと、このあたりですね。でも壺も茶碗もみんな一緒くたにするとそりゃ結構な量になりますよ」
と、さらに気の毒そうにそう言った。
「いえ、承知の上ですから。隊長」
ボーナムがルギに書き付けを渡す。
「あの、立ったままでは大変でしょう。こちらの部屋でどうぞ」
ハリオがそう言って、来る時に仮の船長室になっていた倉庫に2人を通した。
ただの倉庫なのになぜかベッドや家具が置いてある。
「この部屋は何の部屋でしょう」
「あ、元々は倉庫なんですが、船長がエリス様に船長室を使ってもらうようにと言いまして、それでこっちに来るまでの間だけ船長室だったんですよ」
「ほう」
「ちょっと見てみます?」
そう言ってハリオが2人を豪華になった船長室へと案内した。
「ほう、これは」
「船長室、という雰囲気ではないですな」
そう、まるで宮の一室でもあるかのように豪華な寝台が入れられ、他にも色々と奥様仕様の物が並んでいる。
「途中経由のリル島でエリス様がお買い求めになられましてね、船長にせめてもの礼だってこんなにしていかれました」
「それはまあ」
「船長も帰りの旅は楽になりますが、ちょっと雰囲気はねえ、まあ中年男には」
ハリオがそう言って朗らかに笑う。
ルギが見てもあの時に取り調べた「ルーク」という護衛の男はこのハリオに間違いがない。だが、それにしても全く後ろめたいところがないどころか、すっかり忘れてしまっているのではないかと思うぐらい屈託がない。
おそらく「ルーク」の代役を努めたことを、あまり重大なことと考えてはいないのだろう。
ルギは豪華な船長室から出て、元の仮船長室で書き付けを調べていく。
「ないようだな」
「そのようですね」
黒い香炉どころか、黒い陶器自体ををアルロス号が扱ってはいなかったことが分かった。
「どうもありがとうございました」
「いえいえ、お役目ご苦労さまです。しかし、一体何をそんなに調べておられるんです?」
3回目の訪問に、あまりそのようなことを詮索しないハリオが、さすがに少し興味を持ったようだ。
「いえ、少し宮の物品に問題が起きまして」
「問題?」
「はい、なかったはずの青い香炉がいつの間にか宮の内に入っておりまして、その出どころを調べております」
「なかったはずの物が増えていたってことですか?」
「そうなります」
「へえ、あったはずの物がなくなって調べるのなら分かりますが、その逆も調べるんですか」
ハリオが目を丸くしてそう聞く。
「はい、何しろ神聖な場所ですので、不審な物が入ってくると困るのです」
「あ、なるほど」
ハリオはほんの少しも思い浮かばなかった、という風に納得してみせる。
「そうか、神様のお住まいですもんね。そりゃわけのわからない物が入ったら困りますよね。って、えっと」
少し気になる素振りを見せる。
「どうしました?」
「いや、あの、船長に頼まれてアランと一緒にエリス様のお使い物で花と食べ物を買ってお届けしたことがあるんですが、ああいうの大丈夫でした?」
「ああ、ちゃんと届けがありましたし、大丈夫です。キリエ様のお見舞いですよね」
「はい、それです。よかった」
ハリオがホッと胸を撫で下ろした。




