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18 献上品

「堂々とじゃねえってことは、誰かがどっかからこっそり持ち込んだってことだな」

「そうなりますね」

「普通はそういう物はどういう風にして持ち込まれるんです?」


 キリエの答えに今度はアランがそう聞く。


「香炉は実用の品の場合、宮や神殿が購入することもございますね。特に神殿の儀式に香炉は欠かせませんし」

「神殿に多いのか」

「儀式用はです。他に、例えばシャンタルやマユリアへの献上品として高級な品が届けられることも多いです」

「ああ、そういやそういうのあったな」


 トーヤは八年前、シャンタルの「守り刀」として選ばれた黒い小刀を思い出した。黒い鞘に銀色の幾何学模様が施された芸術品、まるで「黒のシャンタル」のために造られたとしか思えない逸品を。


「そういうのは全部、誰が持ってきたかとか記録してんだろ?」

「ええ、もちろん」

「じゃあ実用品ってのは?」

「それももちろん、購入した時にすべて事細かに記録が残されています」

「さすがだな」

「少しでも不正につながるようなことがあってはなりませんから」

「そのどっちの記録にもなかったってことなんだな?」

「そのようです」


 ふうむ、とトーヤが少し考えて、


「侍女が個人的に持ち込む可能性ってのはねえのか?」

「それは」


 今度はキリエが少し考え、


「ない、とは申せないでしょうね」


 そう言う。


「侍女の私物ってことか?」

「基本的には侍女に私物というものはない、ということになっています」

「え、自分のもんってないの?」


 ベルが驚いてそう言う。


「使っているうちに専用となることはございますが、大部分の物はこの世にいる間だけの借り物、ということです」

「それって自分のもんってことじゃないの?」

「違いますね」

「うーん、なんかわけわかんねえ!」


 頭を抱えるベルに、キリエがほほっ、と笑いながら、孫を見るように優しい目を向ける。


「人は、生まれてくる時にはその身一つ、何も身に着けずに生まれてくるでしょう?」

「あ~そうだっけ?」


 そのベルの言い方にまたキリエがゆるく笑う。


「そうなのですよ。ですからこの世にいる時に身にまとう物、手にする物、全てはこの世にいる間だけの借り物ということです」

「ええ~じゃあ、今おれが着てるこの服、は、まあ、元から侍女の変装だから借り物でいいとしても、じゃあじゃあ、物じゃなくてさ、一生懸命稼いで手にした金とかはどうなんの?」

「もちろんそれも借り物です」

「えー!」


 納得がいかないという風にベルが口を尖らせ、


「借りもんってことはさ、最後は誰かに返すってことだろ? それは誰に返すの?」

「それはこの世界にです」

「え~!」


 また納得がいかない顔になり、


「世界ってけっちだよなあ! どうせ最後に取り返すんなら、もっとどーんと金でもなんでも貸してくれりゃいいのにさ!」


 その言い方にキリエが少しだが声を出して笑う。


「何をどうお借りできるか、それもまた天のご意思、その借りる者の運命ですからね」

 

 楽しそうにそう言って聞かせる。


「うーん……」

 

 そんなキリエに、ベルが顔を(しか)めてから、


「なーんか違うんだよなあ」


 そう言う。


「何がですか?」


 キリエがおそらく自分に向けられた言葉であろうと推測し、ベルに尋ねた。


「いやな、トーヤから昔の話聞いてる時はさ、なーんてやなばあさんだろうって思って」

「おい!」


 いきなりアランがげんこつ!


「いってえな! 何すんだよ!」

「おまえな、失礼なんだよ!」

「いや、だってさ、兄貴もトーヤの話聞いてて思わなかった? やなばばあ、いっで!」


 今度はトーヤだ。


「だからな、おまえいらんこと言うなっての!」

「え、だってトーヤが!」


 3人のやり取りに、我慢できないという風にキリエが声を上げて笑い出した。


「なんでしょう、なんでしょうね、このように楽しいことがあるとは思いもしませんでした」


 こんなに笑う侍女頭を、大部分の侍女たちは見たことがない。

 

 今、この部屋にいる侍女はミーヤだけだ。アーダはリルが自室へ物を取りに行きたいから、と連れ出してくれている。キリエが部屋へ伺うとミーヤに伝え、話を聞かせるわけにはいかないアーダを部屋から出すためにそういうことをしたのだ。


「大変だったでしょうねえ、八年前も。私をどうやって引き離そうかと考えて」


 と、リルがそう言いながらアーダを連れて部屋から出ていってくれた。


 ミーヤもリルも今ではその真実の姿を知っている。

 アーダも厳しく怖いだけの侍女ではないと知り、キリエに対する目が変わった。

 キリエを尊敬してやまないフウはもちろん。

 だが、それでも、ここまで大笑いするキリエの姿をミーヤですら見たことがない。


「ベルさんは不思議な方ですね」


 ミーヤも顔をほころばせながら言う。


「いるだけで皆を楽しく幸せにしてくれる、そんな不思議な方です」

「そうですね」


 侍女と侍女頭がそう言って笑い合うのにベルが照れて身をよじらせ、それをまたトーヤとアランに、


「調子にのんな」


 と一発ずつはたかれ、また笑いが起こる。


 そうして三年の間ベルに癒やされてきたシャンタルと、絶望して一時は海の藻屑と消え果ててもいいとまで思っていたディレンが、顔を見合わせてほろりと笑った。


 そしてダルは、その素直な性格のまま、素直に楽しそうに笑った。

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