2 もう一つの逃げ道
皇太子が国王から力づくで王位を奪い取ったその日の夕方には、すでにリュセルスから外の街に向かって急使が馬を駆けさせ、数日中に国中に話が伝わった。
「えらいことになったな」
トーヤがソファに半分寝そべるようにして、片膝を立てた姿勢でため息をつきながら言う。
大丈夫だ、今はお行儀が悪くて怒られるミーヤはここにはいない。
アーダが「1人で部屋に戻るのが不安」だと言い、ミーヤとリルと共に部屋に残ることになった。
「エリス様」とベルは一足先に主寝室へ戻っていた。
神殿から王宮に拉致される形となり、無事に戻ったものの疲れただろうと奥様を休ませることにしたのだ。侍女であるベルもそれに付いていった。
そしてミーヤたち侍女3人は、ベルの侍女部屋と続き部屋の従者部屋に入れることにした。
「俺たちが使ってたんでちょっと男臭いかも知れないけど」
そう言ってアランが3人を案内する。
「奥様が休まれたら、アーダさんはベルの部屋で休んでもいいし、何よりリルさんがゆっくり休めるようにミーヤさんと一緒がいいでしょう」
「ええ、お心遣いありがとうございます」
「別に女3人ここでもいいのに」
リルがそう言ったが、
「いえ、奥様がお休みになられたらベルは自室に戻りますから、アーダさんはベルと一緒に。その方がゆったりと休めるでしょうし」
アランがそう言って侍女たちを2組に分けたが、奥様とベルを二人きりにしたくないのが半分本音である。
「でも、エリス様がおさびしくないでしょうか。ベルさん以外の人には顔をお見せになられないんですよね? でしたらベルさんは奥様とご一緒がいいのでは」
アーダがそう言うが、
「いえ、奥様は基本お一人でお休みになられますので。どうしてもご不安でしたら、またベルを呼ぶでしょうから、そうしたらアーダさんもよければ一緒に行って差し上げてください」
「そうですか、分かりました」
そう言って組分けを済ませた。
「俺たちは俺の部屋でいいかな? ここほどは広い部屋じゃないけど、4人だったらなんとか休めるし、すぐ近くだから何かあったら呼んでくれたらいいよ」
「そうですね、心配だったら俺がここの応接にでも戻って待機します。とりあえず今は女性は女性同士、みんな少しゆっくりしたらいい。また何かあったら呼んでください」
「分かりました、そうします」
ミーヤがそう返事をし、「ルーク」、アラン、ディレンはダルの部屋へ移動した。
ダルの部屋はトーヤの部屋と同じ造りをしている。
広い応接兼寝室、他に専用の水場、そしてトーヤが何より気に入っている温泉を引き入れた風呂場もある。
ベッドは大きく、大人の2、3人は平気でごろっと寝られるサイズで、マユリアから部屋を賜るまでは、ダルは泊まりに来た時にはそこで一緒に寝ていたものだ。
その他にゆったりとしたソファもあり、アルディナでよくある「1人前半の部屋」のベッド代わりのソファよりよっぽど居心地がよく、がんばれば4、5人がなんとか寝られるだけの余裕はある。
「仮の船長室から比べると天国のようなもんだ」
ディレンがそう言い、
「全くだ。何しろ俺とアランは床だったしな」
「おまえらはそう言いながら、奥様の部屋でゆっくりごろ寝だったろうが」
「後半は年寄りにベッド返したじゃねえかよ」
「おいおい、楽しそうな話だな、なんだよそれ」
と、思い出話にダルがひょいっと口をはさむ。
「いやな、実は」
そうしてざっと「アルロス号」に潜り込んだ経緯を話すと、ダルが楽しそうに笑った。
「まあ、途中色々あったけどな、一応楽しい旅だったさ」
「まあな」
もうちょっとで嵐の海に放り込まれそうになっていたディレンも、そう言って笑った。
「おまえんちのじいさんの言う通り、なんでもかんでもうまく乗り切っちまえば笑い話だ、またそれを実感した旅だったなあ」
「そうなのか」
「ってことで、今度のこれもなんとか笑い話にしたい」
「そうだな」
ダルが笑顔を引っ込めて真顔になってそう言う。
「しかし政変とはな、皇太子も思い切ったことやったもんだ」
「やっぱりあれかなあ、マユリア絡みかな?」
「だろうな、今度こそは親父に渡してなるものか、ってとこだろ」
「皇太子殿下、本気なんだな」
「だな」
「こっちも根性決め直さなきゃならんよな」
アランがそう言い、トーヤとダルも頷き合う。
「そういうことになりゃ、マユリアをこっから逃がすのが骨だが、こっちにはあれがある」
「洞窟か?」
「そうだ。こっちの切り札は今のところあれだけだからな」
「マユリアとラーラ様にあそこを歩いて逃げてもらうのか?」
ダルが心配そうに言う。
「いや、あの人たちにはちときついだろう」
「俺もそう思うなあ」
「俺は行ったことないから分からんが、前はそこから逃げたんだろ?」
アランがトーヤとダルに聞く。
「まあ、俺らならそんな問題のある道じゃない。けど、奥宮でずっとお過ごしの女神様たちにはきついだろ」
「シャンタルは馬に乗ってだったしなあ」
「あの時はまだちびだったからな。大人が馬に乗ってってのはやっぱりきつい」
「でも、そこ通るしかねえんだろ?」
「だからな、変わり身の術だよ」
トーヤがそう言ってニンマリと笑った。




