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 7 挑発

「断る」


 きっぱりとトーヤは言った。


「なんでそんなこと話さなきゃなんねえんだよ。なんか意味ありげに言うから何かあるのかと思ったら、単にあんたが自分身勝手で俺のこと探してたってだけじゃねえか。アホらしい」


 トーヤは心底ホッとしてそう言った。


 ディレンの自分に対する執着、そこに何か危ないものを感じていた。


 それは、なぜ自分個人にそれほど執着するのかだけではなく、もしかしたら、シャンタリオでの出来事、決して人に話せぬ「あのこと」を知っているのではないか、そういう危機感を感じたからだ。


 もしも、シャンタリオで起きた一連のこと、この世の運命すら変えてしまいかねなかったあの出来事を知っているとしたら、その時は、昔馴染みの、決して憎からず思っている、懐かしい人との共通の思い出を持つこの男に対し、非情な決断をしなければいけないかも知れない。


 そんな望まぬ未来を見たくなかったトーヤは、なので心底からホッとしていた。


「あんたのそんな女々しい感傷に付き合って、こんな荒れる海の上でそんな話したくないね」


 ふんっと横を向いて言い放つ。


「そうか、嫌か、残念だな……」


 ディレンは対して残念でもないようにそう言う。


「そんじゃ、まあ今日も俺の話を続けるか」

「だからな、なんでそんな話に付き合わなきゃなんねえんだよ、こんな揺れてる船の上でよ」

「なんだ、嵐が怖いのか?」

「怖いか怖くねえかと言われたら、怖くねえことはないな」

「まためんどくさい言い方だな。はっきり怖いと言えばいいもんを」


 そう言ってディレンが笑う。

 心の中に何もないような、素直に面白がっている笑顔、どこかで見たことがある、トーヤはそう思って考えた。


 そうだ、子どもが強がって大人の前で意地を張るのを見る大人の目だ。

 そう思うとカッと頭に血が(のぼ)った。


「うるせえな、あんたも一度死にかけてみりゃ分かる」


 つい、口からそう出てしまった。


「嵐で死にかけたことがあるのか?」


 問われてハッとしたが、顔には出さぬようにして、


「船に乗るもんなら、一度ぐらいそのぐらいの嵐に遭ってるだろうがって意味だよ!」

「ほう」


 ディレンの目が細められ、一層面白そうな表情になった。


「後学のために聞きたいもんだな。おまえはその嵐をどうやって乗り切った?」

「るせえ!」


 トーヤは揺れる船の上でばさりと立ち上がった。


「これから先、20日(はつか)以上もずっとそうやって絡まれ続けるのかと思うとゾッとする」


 立ち上がり、座ったままの小柄なディレンを上からじろりと見下ろし続ける。


「船に乗せてもらったことは感謝してる。まあ、それ以上の対価は払ったがな。だがな、俺も仕事で乗ってんだ、こんな余分な作業は仕事の予定に入れてねえ。この先はもう仕事に関係のある話、航海の予定だとか、どうしてもしょうがない時以外、あんたとは話はしねえ!」


 一気に言い終え、


「いいな、分かったな船長。あんた、船客にこんなあれだこれだ不愉快にさせるような話、してねえだろうが。同じ扱いにしてもらいてえもんだ」


 そう付け足す。


「そうか、分かった。あんまりあれこれ聞き過ぎたみたいだな、悪かった。ちょっと落ち着け」

「るせえよ」

 

 そう言いながらも、ディレンが謝ったことでとりあえず気持ちを収めることとした。


「そんじゃな、まず仕事のことで大事なことを伝えなきゃならん」

「なんだ?」

「まあ座れ」


 言われて大人しく座り直す。


「この先の予定だが、おまえ、さっき20日以上もって言ってたがな、あれは間違いだ」

「は?」


 東の大海を出てからシャンタルの神域へ入る港、西の端の港サガンへは、アルディナの神域、と一応大まかに呼ばれている大陸の東の端の港、ダーナスからほぼ一月(ひとつき)は海の上のはずだ。今ある船の船足からすると、最短でほぼ30日は変えることができない日数である。


「なんだ、予定より遅れそうってのか?」

「いや、違う、次の港までは残りほぼ10日だ」

「は?」

 

 トーヤは意味を測りかねる。


「今はな、途中で島に寄るんだよ」

「はあ?」


 ますます意味が分からない。


「そういう航路が開拓されたんだ」

「そうなのか、知らなかった」


 トーヤがあの国を離れてからの八年の間に、それだけの事があったとは。年月の長さをあらためて感じる。


「ああ、三年ほど前からは島に小さいが町もできた。そこに一度寄って、宿で休んでからってできるようになって一年ぐらいか。段々とそれが定番になってるな」

「つい最近だな」

「見つけたのは五年近く前らしいが、手を付けるまでが大変だったらしいぞ。何しろ海の上を色々運んで一から開拓だからな」

「ああ、そりゃ大変だったろうな」


 素直にトーヤもディレンの言葉に耳を傾ける。

 こんな話なら大歓迎だ。


「それで以前よりはあっちとこっちをつなぐ船は増えてるわけだが、それでもまだまだ。何しろ始まったばかりだからな、俺も島に寄るのは今回で3回目だ。直行でも行ってるけどな」

「結構行ってるんだな」

「ああ、それでな、その航路を開いた人と直接会って話もしてる」

「あっちの人なのか」

「ああ、王都のオーサ商会のアロさんって人だ」


 ディレンの口から出たその名、トーヤは体の芯に冷たいものを感じた。

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