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黒のシャンタル 第二部 「新しい嵐の中へ」<完結>  作者: 小椋夏己
第三章 第五節 王宮から吹く風
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17 逆転

「なんだと!」


 国王が顔色を変えて言う。


「ええ、これが欲しかったのです、ありがとうございます」


 にっこりと、幸せそうな笑みを蒼白になった父親に向ける。


「お忘れですか? すでにこの国の国王は私です。マユリアは国王のもの、そう私のものになるとの約定です」

「おのれ……」


 国王は自分がはめられたのだという事実にやっと思い至った。


「あなたのことです、素直にこれを渡すとは思えなかったもので。たとえば、何か魔法でもかけていて、自分に何かがあったら燃えてしまうとか、そのぐらいのことやりかねませんからね」


 言われて、何も手立てを取らず、ただただ大事にしまっていただけであったと、国王が(ほぞ)を噛む。


「そのぐらいのことはしておくべきでしたね。もちろん、私ならそれほど大事なもの、何か手段を講じておきますが。まあ、それだけあなたは良心的な方であったということです」


 大事に羊皮紙のリボンを結び直した。


「その点一つ取っても私の方が上だ、そうお分かりでしょう? この先は、離宮にて隠居していただきます。ああ、もちろん母上もご承知の上でのこと」

「な!」


 この言葉に今までで一番国王が驚き、二の句が告げなくなる。


「母上もご承知なんですよ、ええ」


 半分笑いながら気の毒そうに続ける。


「母上は、もう疲れ果ててしまわれたんだそうです、あなたの花園に」

 

 ふうっと息を吐く。


「そして、そこに女神まで咲かせたい、そう思っていることが心底嫌だったんだそうですよ、八年前から。なので、あのような悲劇が起こったこと、そのことについてはもちろん痛ましいと、つらいことだとお思いになっていらっしゃいますが、マユリアが任期を伸ばしたことには本当にホッとなさったのだそうです」

「皇后が……」


 国王がブルブルと震えだした。


「母上だけではありません、他の方々も、父上がマユリアを迎えたくなくておまえたちが呪ったのではないか、そう言われたことに心底傷つかれていたのです。なんと罪深いことをおっしゃったのでしょうね」


 側室たちまでが自分に対してそんな。

 突きつけられた事実に、国王の目が見開かれる。


「あなたが離宮に隠居なさったら、側室の方々には望むような生活を保証して差し上げることにしました。みな、色々な要求をなさっていらっしゃいますよ。美姫たちも、さすがにマユリアと並ぶことはしたくなかったと見えますね」


 そう言って、丸く見開かれた国王の目を真っ直ぐからじっと見る。


「あなたは、マユリア欲しさに他の方の心を一切考えなかった、それもあなたの敗因です。あなたを国王として頂き続けたい、そう思う者はおらぬのです。どなたもこれからの安寧を保証してさしあげたら、喜んで従うとそうおっしゃいました」


 二人の衛士に握られたままの国王の手から力が抜けた。


 知らなかった。

 自分が、そこまで妻たちに疎まれていたとは。


「母上も他の方々も、マユリアが私の後宮に入るのならそれは良い、とのことでした。もちろん皇太子妃も承知しております。何しろ、私はずっと皇太子妃一人、良き夫、そして良き父親でしたからね。国王としての自分に箔をつけるために女神を後宮に入れる、そしてこの国のさらなる発展と安寧のために女神に子を産ませる、そう、私が産ませるのですよ、父上」


 この言葉に国王が再び逆上する。


「ふざけるな!」

「あなたの夢は全部私が叶えて差し上げます、ありがとうございます父上。おい」


 残りの衛士たちに皇太子が声をかける。


「王宮の鐘を鳴らせ」

「はっ!」


 二名の王宮衛士が部屋の外へ走って出る。


「この国に新たな王の即位を知らせるのです」

「そんなことをさせてたまるか!」

「では、止めてみてはいかがですか?」


 優しく、わがままを言う子どもに言って聞かせるように言う。


「この部屋の中にあなたの味方はおりませんよ?」

「外だ! 外には王に忠実な者たちがおる!」

「ええ、確かにおらぬことはないですが、その者たちは、今はもう部屋で静かに謹慎しておることでしょう」

「は?」

「ここに来る前に、私の忠実な衛士たちがそうでない者たちに話をしてくれているはずです。聞いてくる者は賛同者となっておりますし、そうでない者は部屋で謹慎中です。もっとも、王宮の鐘が鳴り、王の交代がなされたと知ったら、その者たちも大人しくなってくれることでしょう」


 国王は信じられぬものを見たという目で息子を見る。


 この男は、かつて自分の息子であったこの人間は、いつの間にそのような手はずを整えていたと言うのだ。自分の知らぬうちに何をやっていたのだ。


「不思議にお思いですか? 私がいつからこのような準備をしていたか、を」


 心の中を読むように言う。


「八年前からですよ。あなたが王の力で私をひれ伏せさせたあの日です」

「あの日だと?」

「ええ、あの不幸な出来事の日、天がマユリアをあなたの手から取り上げたあの日、天のご意思が私にそのための時間を下さったことを理解し、そのために今日までこの日のために準備してきたのです。マユリアにふさわしい王になるために、あらゆることに努力いたしました」


  皇太子がふと虚空を見上げ、ゆっくりと目を閉じた。

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