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 2 ふんぎり

 アランがぶつぶつ言いながら食堂に降りてくると、


「兄貴ーほら、もうちょっとで片付けられるところだったぜ、早くってば」


 と、もうトーヤたち以外には客のいない食堂で、ベルがぶんぶんと手を振って呼ぶ。


「……るせえな、行くってば……」


 アランはなんとなく面白くなさそうな顔で、ガタリと音を立てて椅子に座る。


「遅いので、もうお食べにならないのかと思って片付けるところでしたよ」


 小柄で、ちょっと姿勢が悪く、体が右に傾いた宿の親父が、そう言いながら野菜がちょっとばかり入った薄いスープと、こっくり煮付けた肉を持ってきた。テーブルの上にはもうパンとお茶が運ばれている。


「悪かったなあ、ちょっと込み入った話してたもんでな、いや、悪かった」

「いえいえ、ちゃんと来てくださいましたし、まだなんとか朝の時間のうちでよかったですよ」


 リーダーらしいトーヤが謝ると、(こび)を含んだこちらも右側だけに偏った商業的な笑顔を浮かべる。


「その代わりっつーわけでもねえんだけどな、もう一泊させてもらうわ」

「おお、それはそれは、ありがとうございます」

「そんでな、俺とこいつは明日の朝早く立つから、朝飯の代わりに弁当頼めるかな。ついでだから昼飯の分も2回分の弁当頼んどくか。ついでのついでにこいつらの分も、4人分の弁当2回分だ、いいか?」

「はいはい、もちろんでございますよ」


 商売になる話に偏った笑顔をさらにニコニコとさせる。このへんの表情は長年の間に自由自在らしい。


「それとな、今日の夜は3人分の飯も頼む」

「あれ、お一人分はよろしいのですか?」

「ああ、俺はちょっと用事で出るからいい。それとな、先に払っとくわ」

「ありがとうございます」


 前払いしてもらえるともっとありがたいとばかり、へこへこと深く頭を下げ、トーヤから4人分の宿代、弁当代、食事代、それからちょっとばかりの心付けをもらってご機嫌になり、


「それではごゆっくりお召し上がりください、のれんは昼営業開けるまで下ろしますが、お気になさらずごゆっくり」

「悪いな、遅くなって」

「いえいえ、何を」


 と、良客と判断されたようで、頭を下げ下げ厨房の方へと戻っていった。


 ゆっくりとは言われたが、さっと食べてしまうと食事の時間は終わりだ。食後お茶だけ少しゆっくりと飲む


「そんじゃ、俺はちょっと出掛けてくる。おまえらは夜まで寝とけ。今食ったらもう昼飯はいらねえだろ。後のことは夜帰ったらまた話そう。それまでにどうするか決めとけ。決められなくてもうちょいこの町でどうするか考えるっつーなら、その分の宿代ぐらいは出すからな」

「って、トーヤは寝なくて大丈夫なのか?」


 ベルが心配そうに言う。


「俺はおまえらと鍛え方が違うからな、2日や3日寝なくてもなんてこたあねえ」

「だけど一番じじいじゃん、いてっ!」


 行きがけの駄賃とばかりに、トーヤはベルの頭を一つはたくと出掛けてしまった。


「さあて、じゃあ私も戻って寝ようかな。ふぁ~眠い……おやすみ~」


 シャンタルもあくびを一つすると、のんびりそう言って自室へと戻ってしまった。


 残された兄と妹は、誰もいない食堂で、2人だけでお茶が冷めるまでゆっくりと座っていた。

 なんとなく部屋に戻る気にはならなかったのだが、いつまでもいても迷惑だと、渋々のようにアランが立ち上がる。


「俺たちも戻るか……」

「うん……」

 

 2人も黙って部屋へと戻る。


「ふう……」


 ベルがベッドにドシッと腰を下ろし、両手を膝の上に置いてだらんと垂らし、首もがっくりと落とす。


「なあ、どうする、兄貴?」

「どうって……」


 部屋に戻るとその話をしなくてはいけない。多分それで戻る気になれなかった。


 ベルと2人で西の戦場へ行けるかと聞かれれば、それは仕事が仕事だけに当然危険はつきまとう訳だが、トーヤとシャンタルに出会うまではそうしてきたのだし、一度死にかけたとはいうものの、その後の三年近くの年月に経験も積んでいる。トーヤも「俺にできるだけのことは教えてある」と言っていたように、当時のアランとは腕が違う。ベルも、戦闘に直接加わるわけではないが、サポート役としてかなりのことができるようになっている。正直、やれないことはない、とは思う、多分……


「まあ、正直、2人で行ってもなんとかなるんじゃねえか、とは思う……」

「兄貴……」


 それだけ言うと、アランもソファにドシッと腰を下ろした。


「けどなあ、なんつーのかなあ……そう、勢いがつかねえ、そんな感じだ」


 ベルが言っていたように、4人で一緒、家族ではないが家族のように思っていた仲間と別れて2人になる、なんとなくそれが落ち着かない、はっきり言ってさびしい。


「かと言ってなあ、だからってあいつらに付いて行くって言うには、なんか事が大き過ぎる、異様なんだよ、あいつらが体験してきたことがな……」


 ベルが困ったような顔でアランを見つめる。


「今までしてきたように同じ生活続けるにしても、半分、なんか欠けたような感じで気がのらねえ……かといって、生きた神様だの王様だのなんだのの妙ちくりんな話に乗るには、ちっとばかりふんぎりがつかねえ、でか過ぎんだよ、話がな……」


 そう言ってアランは頭を抱えた。

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