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黒のシャンタル 第二部 「新しい嵐の中へ」<完結>  作者: 小椋夏己
第三章 第五節 王宮から吹く風
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10 高貴な訪問者

 トーヤたちがああでもないこうでもないと考えをめぐらしている頃、シャンタルとベル、もとい、エリス様と侍女が満足して食事を終えていた。

 しばらくすると、さきほどの王宮侍女がおずおずと声をかけてきた。


「あの、入ってもよろしいでしょうか?」


 もしもうっかり奥様を見てしまい、目の前で自害などされてはたまったものではないのだろう、視線を落とし、万が一のこともないように気をつけて気をつけて聞いてくる。


「どうぞお入り下さい」


 そう言われてやっと、そっと頭を上げ、奥様が上から下まで絹のベールで覆われているのを確認してホッとした顔になる。


「ごちそうさまでした。奥様もお心遣いに感謝いたします、よろしくお伝え下さいとのことです」


 そう言ってベルが深々と頭を下げる。


「いえ、ありがとうございます」


 王宮侍女は何を言っていいのか分からぬように、そう一言だけ答えて頭を下げると、食事のワゴンを運んで出ていった。


「さて、飯終わってホッとしたのはいいけどよ、もう暗くなってきたんじゃねえの?」




 神殿を訪れたのは今日の午前中だった。

 何日か通ってみて、朝の行事が終わり、神殿の中が落ち着く午前中の半ばあたりの時間にお参りに行くのが一番いいということになったからだ。


 神殿の朝は早い。

 早くから神官たちが毎日神殿をきれいに掃除をして清め、朝の行事を行う。

 

 午後からは数は多くないが、王宮の方や貴族などを中心に神殿にお参りにやってくる。

 リュセルスの民や、遠くから神殿を訪ねた巡礼のような者が来ることもあるが、その場合には高貴な方々のお参りが済むまで神殿の待合所で待ち、その方たちが帰られた後にお参りをすることになる。

 たまたま高貴な方のお参りがなければゆっくりもできるが、そのような理由もあり、リュセルス周辺の民は街にある神殿の分所に行くことが多いのだ。

 

 そうして行く時間を決めたので、神官たちもちょうど手が空いたその時間帯、中の国からの客人に気を配ってくれるようになっていた。そうして、後は神官長に任せておけば、神官たちもすっかり息抜きができる。 

 それに合わせるようにセルマも神殿に来ることがあり、今朝もそうして、神官長の部屋で話をしていた時、いきなりそういうことになったのだ。




「ここに引っ立てられるようにして連れてこられてよ、そんで昼飯も食わせずに置いとかれてさあ、何があったんだよ、一体」

「本当だねえ、お腹空いて困ったよね」


 と、満腹した今はもうどっちでもいい、という感じでシャンタルが言う。


「この先どうなんのかね」

「どうなるんだろうね」

「もしかして、今日はこのままここ泊まりになるのかな」

「かも知れないねえ」

「それとも、他の部屋に連れてかれんのかな」

「かも知れないねえ」

「なんか怪しまれて、そんで拷問なんて……」

「かも知れないねえ」

「まさか、このまま殺される! なんてこと!」

「かも知れないねえ」

「おまえなあ」


 さすがにベルが吹き出す。シャンタルがいつもの調子のせいか、ベルもなんとなく大丈夫な気がしてくる。


「まあ、なんかしてやろうと思ったら、こんないい待遇じゃねえとは思うけど、あれだな、なーんか、ここで目覚ましたトーヤの気持ちがちょっとだけ分かった気もするな」

「ああ、言われてみればそうかも」

「目が覚めて、いきなりこんな部屋だったんだよな、おれらはまだ目が覚めて連れてこられたけどさ」

「本当だねえ」

「そりゃびっくりするよな」

「そうだねえ」

「本当に分かってんのか、おまえ」

「どうかなあ」

「やっぱりな」


 ふざけるようにしながらも、八年前、豪華な檻に閉じ込められていたようなトーヤを餌に、そんな話をしながら二人で時間をつぶしていた。




 さらに時間が経ち、秋の陽が沈み周囲が暗くなった頃、


「ご不安でしたでしょう、ですが、もう大丈夫ですよ」


 神官長がセルマと一緒に部屋に入ってきてそう言った。


「あの、一体何がどうなっているのでしょうか」


 さっきまでのほほんと話していた気配も見せぬように、心配で心配で生きるか死ぬかのような顔でベルが二人に聞く。


「もうすべて終わりました、お部屋にお戻りいただけますよ」

「戻れるのですか!」


 本気でびっくりしてベルが言う。


「もちろんです」

「あの、では、どうしていきなり王宮へなど連れてこられたのでしょう」

「そのことで、お二人にお会いしたいとおっしゃる方がいらっしゃっています」


 セルマに軽く頷いて合図を送ると、セルマも頷いて一度部屋の外へ出て行った。


 やがて、青年から壮年に差し掛かっただろう年頃の、かなり高貴な方と見られる男性が、数名のやはり高貴そうな数名の男女と共に部屋に入ってきた。

 

 見るからに最上と思われる衣装に身を包んだその男性の額に巻かれた包帯だけが、小さく違和感を感じさせたものの、その表情の明るさ、晴れやかさに、不思議と痛々しさを感じられない。

 

 神官長とセルマが道を開け、頭を下げてその人物を通す。


 その人物は悠々と奥様とベルの前まで進むと、小さな声ですぐ隣りにいた男性に何かを話しかけ、話しかけられた男性が小さく頷く。


「こちらは国王陛下でいらっしゃいます」


 神官長が恭しくそう申し上げると、その男性が中の国の方に視線を向けてきた。

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