23 嵐の前の静けさ
「アーダ、ミーヤ、リル、ダル」
「はい」
「はい」
「あ、はい」
「はい」
4人の宮に仕える者たちが同時に返事をした。
「おまえたちにも本当に色々と気遣わせてしまいました。ありがとう。私は本当に人に恵まれています」
そう言って頭を下げる宮の最高権力者に、4人が急いで駆け寄ってそれぞれにその手に、肩に触れて頭を上げさせる。
「どうぞ頭を上げてください」
「もうお具合はよろしいのですか?」
「どうぞ、どうぞご無理をなさらないでください」
「本当です、俺のような者にまでもったいない」
4人の若者に囲まれるキリエは、まるで孫たちに囲まれた祖母の顔であった。
「ありがとう」
ただ一言だけそう言うと、4人に言われるままにもう一度席につく。
4人の若者もホッとしたように各々の席に戻った。
「警護隊のルギ隊長が、顔色を見る限りもう元気なようだ、心配している者たちに一度顔を見せてきてはどうか、そう言ってくれました」
何事もなかったかのようにまたキリエが口を開く。
アーダ以外の全員には分かった。
今はもう寝ている演技は必要がない、その段階は終わったのだ、ルギはそう伝えたのだろうと。
「よかったです。ですが、まだ病み上がりのお体、決してご無理はなさらないでくださいね。奥様もそうおっしゃっています」
ベルが代表でそう伝える。
「ええ、ありがとうございます。重々承知しております。ですが、私にも役割というものがあります、いつまでも寝たままで、そのまま姥捨て山に送られるには、まだ少しやり残したことがありますからね」
少しいたずらっぽくそう言う様子に、ベルがプッと吹き出した。
「お元気そうでなによりです。私も同じようにまだまだ若い者には負けない、そう思ってはおりますが、まあ現実は残酷ですな。日に日に衰えを感じます」
ディレンがそう話しかける。
「ですが、体は動きにくくなったとしても、まだまだ経験と知識、頭の中に詰まっているそんなもんで、手足がうまく動くように命令したり、持っているものを分けてやるという役目も重要ですからな、無理せず、動ける部分は若いもんをどんどん使って、そちらで助けてやるといいかと思いますよ」
「ありがとうございます」
キリエが鋼鉄の表情に少しばかり体温を与えて和らげ、ディレンに礼を言った。
「もちろん、手足にはこれまで以上にどんどんと動いてもらうつもりですので、覚悟をしてもらいますよ」
「ええっ、そんなあ!」
ダルがいきなりそう言って、みんなが笑った。
「ダル、素直過ぎるわ」
リルが口元を押さえてクスクスと笑う。
「リルは、体は大丈夫なのですか?」
「はい、おかげさまで順調です。この子も喜んで、ほら楽しそうに」
そう言って、一層ふっくらした腹部をそっと押さえて見せる。
「無理せずにね」
「はい、ありがとうございます。キリエ様やディレン様と同じように、私もいっぱい手足を使ってやろうと思っています」
いつもの口達者にまたみんなが笑う。
「元気な子を産んでくださいね」
キリエが暖かい眼差しでリルにそう言った。
何もかもが順調に行くように思えた。
少なくとも、この場にいて、八年前のことを知っている者はみな、交代の時に向けてあらためて未来のために動き出す、そのつもりでいた。
そしてそれから数日は、みなが思ったように静かに宮の中の時は流れた。
奥様とベルは毎日のように神殿にお参りに行くと、神官たちと交流しながら神殿の話を色々と仕入れ、神官長やセルマとも穏やかに話をし、そこでも色々な話を聞いてはトーヤたちに報告した。
アランはディレンと共にリュセルスに出かけては、やはりそこでも色々な話を仕入れたり、必要な買い物をしたり、アルロス号の船員たちとも交流を深めていた。
時に街の人ともその後のことを話し、奥様に髪飾りをいただいた飲み屋の若い娘は、アランから直に話を聞いて涙を浮かべて喜んでいたし、その話が次第に広がり、街の者たちも今度はうれしい噂として奥様のことを口にした。
「お父様が、船長に商品開発の力を貸してもらうということで、アルロス号はまだしばらく滞在することになったの」
アルロス号は定期便ではない。特にディレンとアロが懇意にしていることもあり、船長権限で商売上に有益な多少のことは許すと船主にも言われている。とりあえずあちらに戻る他の船にその旨の手紙を託し、しばらく滞在することになったのだそうだ。
「月光隊と警護隊でもおかしな動きがないか気をつけているよ」
ダルもルギと相談の上、奥宮の警護をより固め、セルマたちが動けないように気を配っているそうだ。
「結局、あれから投げ文は一通も来てないしね」
あちらも動けずにいるのだろうということであった。
「キリエ様もすっかりお元気でお勤めに復帰なさいましたし、なんだか何もかも夢のようです。このまま穏やかに交代が進められて、お二人がすんなり人に戻られるような、そんな気がしています」
ミーヤがそう言い、
「そうすんなりと事が動くってこともないだろうが、あっちこっちに目も耳も張り巡らせてるし、あっちはあっちで香炉作戦に失敗して動けずにいるみてえだしな、それももしゃあねえかな」
トーヤもそう言わざるを得ない状況になっていた。




