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14 正体

「ピンクの花をすり替えた人物は、この花は香りが乏しい、そこまで知って、それで火桶に似た香りの香か何かをくべたのです。実に微妙に香りを操作している」


 キリエは相変わらず何も答えない。


「何者なのですかな、あの中の国の御一行は? 果たして本人たちが主張するように、ご主人のご寵愛ゆえに国を逃げるしかなくなった、気の毒な身の上の高貴なご婦人なのでしょうか?」

「私はそのように伺って、そして気の毒に思い、その身をお預かりすることにいたしました」

「らしいですな。そして今はセルマ様が責任を持ってお預かりするらしい」

「ええ」

「それでよろしいのですか?」

「よろしいも何も、今の私には何もできませんしね。それで御一行が安心なさるなら、それでいいと言うしか」

「なるほど、キリエ様もご承知の上のこと」


 ふうむ、とルギが一つうなる。


「となると、神殿に思うところがおありか」


 また沈黙。


「何が目的です?」

「マユリアは」


 ルギの質問には答えず、キリエはこの男の唯一の弱点を話題に出した。


「どのようにお思いでしょう」

「何がでしょう」


 ルギが少し眉を寄せながらそう聞く。


「今の宮の状態を、そしてご自分の今のお立場を」

「さあ、どうでしょう」


 無表情にそう答える。


「次の交代の(のち)、この国はどうなりますかね」


 今度はルギが答えない。


「マユリアはどうなさるのでしょうね」


 今度もルギは答えない。


「もしも、この国に、マユリアに良いように、そう動いて下さる方がいらっしゃるのなら、私はその方にどうぞよろしくお願いいたします、どうぞお助けいただけますように、そう申し上げたいと思っています」


 ルギはやはり何も答えない。


助け手(たすけで)


 キリエがそうつぶやく。


「天が、新しい助け手を遣わしてくださった、私はそのように思っています」

「それが中の国の方の正体ですか」


 ルギがキリエを見ずにそうつぶやく。


「昨日の午後、廊下で中の国の方の護衛という者と会いました」


 独り言のように続ける。


「先日、月虹隊に届けられた投げ文を調べるため、御一行に話を聞いたのですが、その時に仮面の護衛にも話を聞きました。私の見るところ、どうやら仮面の護衛は2人いるらしいのです」


 キリエは黙って聞いている。


「誰でもいいのですよ、マユリアのお為になるのなら、どちらの護衛でも。私の希望はただそれだけです」


 それだけ言うとルギはすっと立ち上がった。


「他にもまだ調べることが色々あります。一日も早く、キリエ様をご不快にさせた犯人を見つけたいと思っています。また何かありましたら、お知らせください。どうぞ御身お大事に」


 それだけ言うとキリエの部屋から出ていった。

 キリエも何も言わずにその後姿を見送った。




 ルギの(めい)でそれぞれの場所に散った衛士たちが、順次戻ってきて各々(おのおの)の調べたことを隊長に報告する。


「では、白い花を買ったのは間違いなくエリス様の護衛のアランなのだな」

「はい、薄茶の髪、薄茶の瞳の若い男が買っていったと証言する花屋がありました」

「ピンクの花はどうだ? その時に一緒に買っていかなかったのか?」

「はい、それは違うと」

「誰が買っていったか分かったのか?」

「いえ、それが、よく出ている花だということと、特にそのように目立つ風貌の者が買っていったという店はありませんでした」

「そうか」


 そう答えながらルギは心の中で感心していた。


 おそらく、もしも調べがあった時のことを考えて、この国で目立たぬ容姿、黒髪黒い瞳の人間に買いにやらせたのだろう。


「相変わらず食えんやつだ」

「は?」

「いや、なんでもない」


 ルギの言葉に報告をしていた衛士が不思議そうな顔をする。

 この隊長のこんな様子は初めて見たからだ。


「ご苦労だった。下がっていい」

「はっ」


 そうして次々に戻ってきた衛士たちの報告を受け、ルギは一人考えていた。




『天が、新しい助け手を遣わしてくださった、私はそのように思っています』




「助け手、か」


 八年前も、そう呼ばれた男がすべてのことをひっくり返していったのだ。


 では今回も、やはりそうなのだろうか。

 

「何が起こると言うのだ……」


 八年前は「神の死」をもってすべてのことが終わった。

 交代は無事になされたが、マユリアはそのまま任期を延長して今もこの宮に御座(おわ)す。


 ルギの八年は心安らかであった。

 それはただただ、マユリアが変わらず宮にいらっしゃったからだ。

 

 八年前、マユリアは後宮入りが決まっていた。

 そして自分はそのマユリアに付いて、後宮付きの衛士になることが決まっていた。


 12歳のあの日、初めて出会った日に運命を知った。ただただひたすら、マユリアのそばに仕えること、それが自分の運命だと知り、そう信じていた。

 何があろうともおそばでマユリアを守る、それこそが自分の運命だと。


 今回も同じように王と皇太子の父子から後宮に入るようにとの命がある。まさかもう一期、またマユリアの任期が伸びることはあるまい。

 ではマユリアは王宮からの要望通りに後宮に行くのだろうか?

 今はシャンタル宮の警護隊隊長である自分は、もしもそうなった場合、マユリア付きとして後宮付きの衛士になる可能性は低そうに思えた。


「どうなるのだろうな」


 誰にともなく、ルギはそうつぶやいた。

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