13 祖母と孫
シャンタルとベルはキリエに今決まっていること、近々どうするのかなどを話した。
「だからね、セルマの世話になるようにして、神殿にも出入りをすることになったから」
「はい」
「そうしてこの宮を元の通りに戻して、そして」
シャンタルがちょっとだけ言いにくそうに一度言葉を途切らせた。
「あのね」
「はい」
「今、トーヤが言っているのはこんなことなんだよ」
「はい」
キリエがそうとだけ答えて静かにシャンタルの言葉を待つ。
「私と、そしてマユリアとラーラ様を連れてこの国から出るって」
「はい」
「宮を元通りにして、当代と次代様、そしてキリエたちにはここに残ってもらうって」
「はい」
「それだけなの?」
「それだけとは?」
「うーん」
シャンタルがちょっとどう言ったものかと考える。
「またこの国から出ないといけないかも知れない」
「はい」
「また」
シャンタルがキリエの同じ返事を聞いて思わず笑う。
「キリエはそれでいいの?」
「私はあなた様の、そしてマユリアとラーラ様のお幸せを祈る者です。それがお幸せならば、何も言うことはございません」
「あっぱれだなあ」
これはベルの感想である。
キリエを見ていて思わず口からそう出てしまった。
「本当にシャンタルたちのためだけに生きてるんですね」
「そうですよ」
キリエが、孫に答える祖母のようにやさしくベルに答えた。
「うわあ、なんだかなあ、違うんだよちょっと!」
思わずベルがそう言ってしまった。
「違う?」
「あのね」
ベルが言いにくそうに、うーんと両手で頭を抱え、思い切り頭を下げた。
「ごめんなさい!」
突然のことにキリエが驚いた顔になった。
「あの、あなたのこと、キリエさんのことなんですが、その、最初にトーヤから聞いて、なんつー感じ悪いおばはんだ、と」
そう言って申し訳無さそうに頭を上げた。
「そんで、おばはんおばはんって呼んでました、ごめんなさい!」
そう言ってまた頭を下げる姿を見て、キリエが楽しそうに笑った。
それは、おそらく宮にいる侍女でもほんの一部の者、キリエの本当の姿を理解した者だけが見たことのある笑みであろう。
大部分の侍女たちには、今でもキリエは「鋼鉄の侍女頭」のまま、怖い人のままであるし、セルマの、「取次役」のそばにいる者からすると、偉い人ではあるが目の上のたんこぶとも言える存在になっていた。その者たちには、この老女がこんな優しい笑みを浮かべる人間であるなど、想像もできないだろう。
「だってさ、トーヤが話をしてて、いやそ~に、侍女頭のおばはんとか、キリエのおばはんって」
急いで責任転嫁するベルに、たまらなくなったようにキリエが声を上げて笑った。
「いいのですよ、当時の私もトーヤをならず者、下賤の者、何を考えているか分からぬ危険な者と嫌っておりましたし」
「いや、それは今も本当だし」
ベルがそう言うので、もうたまらぬように手で口を押さえて、笑うのを必死でこらえるようにする。
「だけどね、そんなどうしようもないおっさんだけど、おれには大事な人なんです。どうしてもトーヤとシャンタルと別れたくなくて、そんで兄貴と一緒に連れていってもらうことにしたんです」
「そうなのですか」
「うん、そうなんです」
ベルがにっかりと笑ってキリエに言う。
「だから、トーヤのやつ、口が悪くてまあ下品だし、かわいい女の子に鼻の下伸ばすし、すぐ手足が出るし、そんでエロクソオヤジだけど、そんでも大好きなんですよ」
この言い草にとうとうたまらなくなってしまい、キリエが布団に顔を押し付け、声を押し殺して笑い出した。
あまり大きな声で笑うと外に聞こえてしまう。それでももう我慢できないと言う風に。
そして笑い過ぎたためにむせてしまった。
「大丈夫ですか?」
「ええ、ええ、大丈夫です……ああ、本当に、こんなに、笑ったのは、生まれて初めて、かも知れません」
そう言いながら苦しそうに咳を続ける。
「ああ、苦しい……」
まだ布団に顔を押しつけてクスクスと笑っている。
そうしていると侍女の控室から扉を叩く音がして、同時に心配そうな声が聞こえた。
「あの、咳き込んでいらっしゃるのですか? キリエ様、大丈夫ですか?」
まだ若い侍女の声がする。
「大丈夫ですよ。少し、お茶でむせたようです。心配をかけましたね」
「さようですか」
まだ心配そうに若い声が続ける。
「あの、本当に大丈夫でしょうか」
「ええ、大丈夫です。何かありましたら声をかけます」
「分かりました」
そう言って扉の向こうは静かになった。
「ごめんなさい」
自分の言ったことが引き起こしたことにベルが小さくなる。
「いえ、こんな楽しい思いをしたのは初めてです。ありがとう」
キリエが優しくベルに笑いかけた。
「私もキリエがこんなに笑ってるのは初めて見たなあ。あ、思い出した、ミーヤが固まるって言った時も楽しそうに笑ってたっけ」
そう言われて思い出したようで、またキリエがクツクツと口を押さえて笑い始めた。
「本当に、あの時も笑いました……笑うというのは、本当に楽しいことなのですね」
そう言って小さく笑い続けるキリエを、ベルはなんだかかわいそうに思ってしまった。




