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11 使命感

「そのことには事情がある、それを知った上でああいうことにしたのか、そのように抗議するもので、どのような事情があるのか聞いたところ、自分は重大な秘密を知っていると」

「重大な秘密」

「ええ」

「では、やはりあのことをご存知だということなのでしょうか」

「そのようです。きっと、神官長が話したのでしょう。あのことを知る者は、この宮では限られています。ラーラ様、ネイ、タリア、私、そしておまえだけです。神殿で知る者はおそらく神官長だけ」

「やはり」

「そして、私のやったことは裏切りだ、だから尊敬の気持ちがなくなった、そうとも」

「裏切り」

「ええ、知った上で何もせぬことを裏切りと言っているのだと思います」

「そんな……」

「ですが、もしも逆の立場ならば、もしかすると、私もそう思うかも知れません」


 キリエの言わんとすることはミーヤにも理解できた。

 すべての秘密を知らぬ者がそのことだけを知ったとすると、それがしかも、セルマのような本来は正義感の強い生真面目な者だとしたら、そんなこともあるかも知れない。


「そして、そのことを誰かに聞いてほしい、そう思って私に言ってしまったようです。あの子も苦しんでいるのです。その自分を奮い立たせ、やっていることが正しい、そう思いたいためにもそのように言うのでしょう」


 あくまでセルマを庇い続けるキリエの心が、ミーヤには痛かった。




「ってことは、いつも自分のことをそう呼んでる、そう思っていいってこったな?」

「ええ、おそらくは」


 キリエの見舞いから戻ったミーヤがセルマの一人称のことを伝える。


「それと、キリエ様のことはキリエ殿と」

「へえ」

「なんか違うのか?」


 ベルがきょとんとして聞く。


「おまえな、そんぐらいの区別もつかねえのかよ」

「えーだって、神官長もキリエ殿って言ってたぞ」

「それはな、侍女頭と神官長の立場が対等だからだ。普通は上のもんが下のもんを呼ぶ時に殿ってつけんだよ」

「え、だってミーヤさんとかは呼び捨てじゃん」

「それはもっと立場の違いがあるからだよ」

「え、そうなの!」

「軍でもな、そういう呼び方してただろうが」

「だったかなあ」

「おまえ……」


 アランが妹に本格的に説教モードに入りそうになるが、今はその話ではないのだと後にすることにして自分を抑える。


「まあいい。とにかくな、相手を下に見てるから殿、なんてつけてんだよ」

「そっか、そうなのか」

「そのこともキリエ様は、そうして自分を保とうとしているのだろう、と」


 ミーヤが困ったような顔でそう言うと、


「あの人らしいよなあ、ほんっとに優しいんだよ、顔に出さねえのがすごいけどな、困ったもんだ」


 ふうっとトーヤが呆れるようにも、優しいようにも思える顔でそう言った。


「セルマ様も」


 ミーヤが続ける。


「キリエ様のことを本当にお分かりなら、それを知っても信じ続けていられたでしょうに」

「それはどうかな」


 トーヤが応えて言う。


「人間ってのは、どうやっても自分の都合のいいように考えるってもんなんだよ。だから、うまくうまく話を持ってかれて、それに納得できて、それが正義だと信じ切ったら、いくらキリエさんのことを分かっていたとしても、違う方を信じるんじゃねえかな。そのために、キリエさんが自分が思っていたような人間じゃなかった、そう信じたいためにも、必要以上にこき下ろし、踏みつけにしないといけないんだろうよ」

「そんな、そんなつらいこと……」

「人間ってのはほんっとに複雑だからなあ」


 はあっと、また大きく息をついてトーヤが言った。


「だからまあ、やっぱりあの2人、神官長とセルマってやつ、本当は悪いやつじゃねえんだよなあ。なんかで正義とか信念ってやつに縛られて、それに従って動いてる。自分の欲じゃあねえんだよ」

「どういうことなのでしょう」

「あんたがな」


 トーヤがミーヤをじっと見て言う。


「誰かを守ろうと思って、そのためにその相手を殺すようなことになったとする。その殺意はどういう殺意だと思う」

「え?」


 突拍子もないことを聞かれてミーヤが戸惑う。


「分かってる。あんたは決して誰かを傷つけよう、(あや)めようなんて思うような人間じゃない。けどな、それがたとえば自分の子ども、腹を痛めて産んだ子どもの命を守るためって場面になったとしたら? ほっときゃ確実に子どもの命がなくなる、目の前で殺される。そうなったら、自分の命も体も投げ捨てて守ろうとしねえか? 場合によっちゃ、相手を殺してもって思わねえか?」

「それは……」


 あると思った。

 自分は実際に、トーヤが生贄にされそうになったら自分の命をかけて守ると言ったことがある。誓ったことがある。

 その時に、そのために相手を殺さなければならないとしたら? もしも殺さなければ守りたい誰かが確実に殺されるとしたら? そんなことは考えたこともなかったが、一番大事なものが守りたい相手の命なのだとしたら。


「あるかも知れません……」


 素直に認める。

 認めるしかない。

 何があっても相手を傷つけない、そんなことは言えないように思った。

 

「知った秘密ってのがあれだけにな、世界を守る使命感、そんなことで必死になってんのかもな」


 トーヤの言葉にミーヤは納得するしかできなかった。

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