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黒のシャンタル 第二部 「新しい嵐の中へ」<完結>  作者: 小椋夏己
第三章 第二節 侍女たちの行方
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 5 名探偵 

 セルマを送り出すと、フウはクルッと振り返り、まっすぐにキリエの寝台に近づいた。


「お元気なようですね」


 ジロジロと上からキリエを見下ろして、どこにも問題なさそうにそう言った。


「まあ、もう年ですしね」


 そう言って、キリエはゆっくりと寝台に見を横たえる。


「空気が清浄になりましたね」

 

 いきなりフウが話を変える。


「この間、中の国の方が持ってきてくださったこの白い花、がんばってくれているようですね、空気がおいしくなりました」

「それは、おまえが換気をよくしてくれているからではないですか?」


 他の侍女が当番の時、「寒気を入れてはよくないだろう」と締め切ったままにして、少しだけ扉を開けて空気の入れ替えをするぐらいなのだが、フウは「悪い空気は不健康の素」とばかりに、キリエの姿が外から見えぬように気を遣いながらも、思いっきりあっちこっちを開け放って空気の入れ替えをする。それもおそらく良かったのだろう。


「当然です、病人が籠もった空気を繰り返し吸っていいことなどありますか? あまり寒気を入れぬようにと言ってた者もありますが、そんな戯言(ざれごと)聞いていられません」


 他の侍女たちには「キリエ様の部屋を冷やさぬように」と指示が出ていたようなのだが、そんなもの、フウにかかるとどこ吹く風である。

 良いと思うことはやる、良くないと思うことはやらない、フウの判断はそれのみであるからだ。


「少し気になることがあるのですが」


 ふと思い出したようにフウがキリエに尋ねた。


「なんです」

「あの中の国の方たちは、どのような方なのです?」

「珍しいですね、おまえがそのようなことを気にするなど」


 「中の国の方がいらっしゃった」



 それだけで大部分の侍女たちは浮足立って噂話に花を咲かせる。

 その中でフウは全く興味を持つこともなかったというのに、何が興味を持たせたのか。


「この白い花です。それからあのお茶、木の実、干し果実。どれもこれも毒下(どくくだ)しのためでした」

「そうでしたか?」

「ええ、そうです。偶然かと思っていましたが、何かをご存知のようにも思いました」

「何か?」

「はい、たとえば、キリエ様が一服盛られたことをご存知だとか」

「一服盛られた」


 そう言ってキリエが笑う。


「俗な言い方を知っていますね」

「はい、何しろ私、13歳まで俗世におりましたもので、色々と見識が広いのです」


 通常、募集があって侍女として宮に入るのは、8歳から10歳までの年齢の者が多い。

 それは募集の条件が10歳以下となることが多いからなのだが、いつ募集があるかは決まっていないので、長く募集がない時などは年齢の幅を広げることもある。フウが採用され時も、たまたまたそのような時で、13歳までの条件だったと言う。


「その前の募集の時にも応募しようと思えばできたのですが、何しろその頃はまだ7歳、宮よりも薬の方に興味が向いていましたもので、そんなことは思いつきもしませんでした」


 と、以前フウが言っていたことがある。


 その後、宮の中には薬草園があり、侍女になればそこに入れると聞いたことから、どうしても宮に入りたいと思うようになったらしい。そんな時にちょうど募集があったのだ。それで望みの通りに侍女になれたのだとか。


「以来三十年、おかげでより一層薬に対する見識は深まりました。だから、その私が知らぬだろう毒の花をご存知だったあの方たちに興味がわきました」

「毒の花?」

「ええ、あのピンクの花、おそらくあれには毒が含まれていたのでしょう。なので交換していった。違いますか?」


 キリエは返事をしない。

 フウがあの時に部屋を覗いていたとは思いにくい。フウはそんなことをする人間ではない。


「どうして気がついたのかとお思いですか? 花が少し違ったのです。花弁の中心の黒い線、それがなくなっておりました」

「そうなのですか」

「ええ、あの黒い線がない花はごく普通のありふれたそのへんの庭にも咲いている花です。ですが、中央に黒い線があるのは珍しい、そう思って見ておりました。まあ、珍しいなと思うぐらいの差異です、気に留めるほどのこともない」


 キリエは黙って話を聞いている。


「ただ、少しばかり香りが強い、そう思いました。そういう種類なのかなと。そうしたら交換されていて、そして似た香りの香が炊かれていました。おそらく、花を交換したことを気づかれないようにと炊いていったのでしょう」

「まいりましたね」

 

 キリエが素直に舌を巻く。


「まいったのなら素直に教えていただけませんか? あの方たちは一体何者なのですか?」


 キリエはそれには答えようとしない。


「それではもう一つ申し上げます」


 フウが続ける。


「あの花は、キリエ様がご静養になられてからこの部屋に運び入れられました。ですから、あの花のせいでお具合を悪くなさった、ということではないと思います。ということは、その前に一服盛られたのでしょう。おそらく、あの日の夕食にでも。そうしておいて、その状態を長く保つために、あの花をここに置かせたのでしょう。嫌なやり方ですね」


 キリエはその推理力に密かに舌を巻く。

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