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21 母の名前

「別に問題ないだろ」


 ベルはこともなげに言うが、前にも言ったように「一応」シャンタルは男である。


「分かった、じゃあこうしよう。ベルが着替える間とか、俺もこの部屋にいてシャンタルを見張ってる」

 

 聞いてトーヤがぶふっと笑った。


「心配性の親父かよ」

「いや、だってな」

「まあ気持ちは分からんでもないから好きにしろ」


 そう言って、笑ってからトーヤだけが部屋から出ていった。


 トーヤが扉の前に座っていると、またディレンがやってきた。どうやら夕食を済ませて戻ったらしい。


「おい」


 クイッと首をしゃくり、トーヤを部屋へ呼ぶ。

 トーヤは部屋の中に入り、船長の部屋に行くと告げて移動した。


「これだ」


 ディレンが取り出したのは4枚の手形であった。


「お、ありがたい。そんで、これも込みか? 別料金か?」

「込みでいい」


 苦笑しながらディレンが答える。


「ますますありがたい、で、と……」


 手形をあらためると、トーヤとアランの名前、そして2人とも出身がトーヤの故郷になっていた。旅の要件は仕事、護衛のためとある。


「アランの出身はどこかよく知らんし、これでいいか。そんで、お嬢さん方のはと」


 シャンタルとベルの手形には、1枚は「ミーヤ」と、そしてもう1枚には「エリス」とあった。


「ミーヤって……」

「懐かしい名前だろうが。そっちが侍女の嬢ちゃんのだ。年は適当に15歳にしてある」


 出身は「中の国」のある小さい一国になっていた。


「エリスってこれは?」

「え?」


 ディレンが驚いてトーヤを見て、


「おまえの母親の名前だろうが」


 そう言うのに、言葉もないぐらいトーヤが驚いた。


「なんだ、知らなかったのか?」

「知らなかった……」


 どう言っていいのか分からなかった。


「ミーヤたちは教えなかったのか?」

「あいつらはずっと姉さんって呼んでたからな、名前で呼んだことはなかったかと思う」

「そうか……」


 今度はディレンが言葉をなくした。


 トーヤは4歳で母を亡くし、その後はその妹分ミーヤたちの世話になって場末の娼館で一応寝泊まりはしていたが、それも事実上半分ほど、残り半分は浮浪児たちと一緒に生活をしていたようなものだった。


「そんで、あんたは俺の母親のこと、知ってるのか?」

「いや、俺があの店に出入りするようになった時にはもういなかったしな、というか、おまえのせいでそうなったんじゃねえかよ」


 ディレンが愉快そうに笑った。


「そういやそうだったな」


 そう言ってトーヤも少しだけ愉快そうに笑った。




 ディレンをミーヤに引き合わせたのはトーヤであった。


 ミーヤがトーヤを「世話するから置いてほしい」と娼館の主人に頼んだ時、まだ姉分たちに娼婦見習いとして付いていた頃だった。

 一人前の仕事もできぬのに、で終わらされなかったのは、他の姉分たちも「自分たちも世話になった人の子どもだから」と一緒に頼んでくれたからだ。おかげで雨露をしのげるほどには居場所ができ、生き延びられるほどには食べていけたのだ。主にミーヤが責任を持って、トーヤの親代わりとなってくれた。


 トーヤの生まれた町の決まりでは、そのような仕事は15歳からと決まっていた。実際にはないに等しい決まりごとではあったものの、役人の気持ち次第では、いきなり復活して厳しく取り締まられることもあった。娼館の主人は、それを恐れる小心者であったからか、もしくはこのような場末の店の主人としては良心的であったのか、きっちりとミーヤが15歳になるまで、商売をさせるようなことはしなかった。


 いよいよ15歳を迎えてこの道に入るという時、ミーヤは主人に、


「せめて最初の客ぐらいは選ばせてよ」


 と強く言い、店の前で自分がいいと思える相手が通り掛かるのをトーヤと2人でじっと見ていた。


 そして、


「トーヤ、あの人、あそこの人、呼んできてよ」


 そう言って、当時7歳のトーヤに呼びに行かせたのがディレンであった。


 幼いトーヤはディレンに近づくと、あろうことか、持っていた木の棒でディレンの尻を叩いて逃げた。


「なんだこのガキ!」


 いきなり後ろから痛い思いをさせられたディレンは怒ってトーヤを追いかけ、そのまま店に飛び込むとミーヤが待っていたのだった。


「そのガキ、おまえの子、ってわけでも、なさそうだな」


 まだ幼さの残るミーヤを見て、戸惑ったようにディレンがそう言うと、


「この子トーヤ。あたしの姉さんが残した子ども、今はあたしの息子みたいなもん」


 そう言ってミーヤの背中に回ってしがみついたトーヤをかばい、自分がディレンを呼びにいかせたこと、まさかそんな行動で呼んでくるとは思わなかったことを説明して侘びた。


 その日が3人の出会いの日であり、その日からディレンはミーヤの旦那になった。




「俺はな、言っちゃなんだが、あの頃は結構羽振りがよかったからな、あんな場末の店じゃなく、他にもっとましな行きつけの店があったんだよ。それが、おまえのおかげであのざまだ」


 そう言ってディレンが笑う。


「ああ、そうだったな」


 トーヤも思い出したくもないような、懐かしいような思い出話に複雑に笑った。

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