9 ベルの偵察
「他になんかなかったか? そうだな、なんかにおいがするものとか、火を炊いてたとか」
「においに火ですか。どちらもありました」
「やっぱりか」
「何か関係あるのですか?」
「いや、まだ可能性だけだ。実際に見てみねえと分からん。んで、何があった?」
「お花です」
「花?」
「はい、心が休まるだろうとどなたかがお花を置いていかれたようです。かわいいピンク色の花でとても良い香りがしていました。それと、部屋を少し温めてあるようで、火桶で小さな炭が燃えていました」
「花に炭か」
「どっちかな」
「それなあ……」
アランが考え、ベルがうーんと腕組みをする。
「あの、何が……」
「おまえだったら行けんじゃねえのか?」
「そんな気がするな。なあミーヤさん」
ベルがミーヤに尋ねる。
「おれが、奥様の侍女が見舞いにってのは行けるかな?」
「伺ってみないと分かりませんが、今のご様子だと大丈夫ではないかと思います」
「今日はもう遅いよな? 明日の朝行ってみたいんだけど」
「分かりました、伺っておきます」
「頼むな」
翌朝、ミーヤがキリエ付きの当番の侍女に様子を聞き、その日の午後ベルを連れて行ってもいいということになった。
奥宮の前の通称「侍女棟」と呼ばれるあたり、そこの侍女たちの個室のある区域、そこの最奥にキリエの部屋はあった。
「ありがとうございます、後はこちらでいたしますので」
ミーヤが当番の侍女をそう言って下がらせ、ベルと2人で部屋に入る。
「こんにちは」
ベルが寝台にだるそうに横たわるキリエにそっと声をかけた。
「わざわざお越しいただいて」
「あ、寝ててください。大丈夫です、おれ、偵察に来たんで」
ベルがそう言ってにっかりと笑う。
「偵察?」
「ええ、ちょーっと失礼しますね」
中の国の侍女が寝台横の花や火桶、それからあっちこっちを見て回る。
「なーるほどね」
ベルは一通り見て回ると、うんうんと頷きながらクルッとキリエを振り向いた。
「そのしんどいの治りますよ。大丈夫、命の危険は今のところないし」
「え?」
「本当は今すぐ治せるんだけど、それするとヤバいんでちょっとだけ我慢してもらえます?」
「え……」
「あの、ベルさん」
キリエもミーヤも、訳が分からないという風に顔を見合わせる。
「1日か2日待ってください。でもなあ、それでもしんどいってのは嫌だよなあ。ミーヤさん」
「あ、はい」
「水か、それか、うーんと、白湯がいいかな。いっぱい飲ませていっぱい便所に行ってもらってください」
「え?」
「体に入った悪いもんを少しでも出してもらいたいから」
なんとなくベルの言うことが理解できた。
つまり、この部屋にはキリエの体調を悪くさせている「何か」がある。
ベルはそれが何であるかは分かったが、何かの理由があり今すぐには撤去しない。その間、体内に入ったその「何か」を少しでも出してほしいから水分をいっぱいとるように、そう言っているのだ。
「分かりました。お水とお白湯、どっちがいいでしょう」
「うーん、そうだなあ。どっちでもいいけど、血行よくなった方がいいから白湯かな。でも熱っぽくってしんどかったら冷たいのでもいいです」
「分かりました、両方準備してもらいます」
「あ、それと、キリエさん」
「あ、はい」
「体調よくなっても悪い振りしててください」
「え?」
「その準備してるからそういうことで」
「え、ええ……」
いつもなら打てば響くどころか叩かなくても響くようなキリエも、体調不良で少しばかりいつもとは調子が違うようだ。
それでもベルの言わんとすることは理解したようで、
「私はずっと不調で起き上がることもできないということですね」
と、確認する。
「そうそ、そういうこと」
ベルがまたにんまりと笑って首を上下する。
「そんじゃ元気でいてください。おれ、もう行きます」
そう言ってぺこんと深く頭を下げる。
「ではキリエ様、お邪魔いたしました。お大事になさってくださいませ」
外に控える侍女に聞こえたかどうかは分からないが、「中の国の侍女」に戻ってそう挨拶をした。
「はい、ではキリエ様、また参ります。お大事になさってください」
ミーヤもベルに続いて挨拶し、2人でキリエの部屋を出た。
2人で一緒に部屋に戻るとミーヤの代わりにアーダが部屋に来ていた。
「おかえりなさいませ。あの、キリエ様はいかがでした?」
「ただいま」
ベルはアーダに挨拶をすると、少し弱々しく、
「熱のせいでしょうか、少し弱ってらっしゃるようでした」
「まあ……」
アーダも心配そうにため息をつく。
「少しお休みになられたらきっとお元気になられますよ」
「はい、そうですよね」
アーダはベルの話を聞くと、後をミーヤに任せて退室していった。
「やっぱり思った通りだった」
「そうか」
アーダがいなくなるのを待つようにしてベルがそう言う。
「そんじゃ俺が街行って探してくる。ミーヤさん」
「あ、はい」
「今から、そうだな、アルロス号にちょっと行ってくるということで」
「はい、分かりました」
「そんじゃ行ってくる」
「おう、気をつけてな」
「いってらー」
アランがベルといくつか打ち合わせをし、部屋から出ていった。
ミーヤには何がなんだか分からない。




