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 8 薬の知識

 その夜、ミーヤは言葉通りにキリエの私室へと見舞いに行った。


 当番の侍女に断り部屋へ入る。キリエが当番の侍女に2人にしてくれるようにと伝え、ミーヤが入ると当番の侍女が出ていった。


「お邪魔いたします。お加減はいかがですか?」

「まあ、よろしくはないですね」


 キリエはつらうな顔で寝台の上に重ねたクッションの上に上体をもたれさせていた。


 部屋の中は暖かさが保たれている。小さな火桶に少しだけ炭を入れて冷えないようにしてあるようだ。

 誰かが活けたのだろう、香りの良い花が寝台の横のチェストに置かれている。


「きれいな花ですね」

「ええ、心が休まるだろうと置いてくれたようです。お掛けなさい」


 ミーヤは寝台の横の椅子に腰掛けてキリエの細い手を取った。


「どんなお加減ですか?」

「体に力が入りません」

「あの、申し上げにくいことなのですがお聞き下さい」

「なんです?」


 そうして小さな声でトーヤが言っていたこと、もしかすると薬を盛られたかも知れないことを伝える。


「そうですか」

 

 キリエは特に驚いた風もなく、


「そのようなこともあるかも知れませんね」


 とだけ答えた。


「お気づきだったのですか?」

「いえ、可能性もある、というだけのことです」

「いつからどういう状態になられましたか?」

「そうですね」


 キリエが思い出しながら話す。


「昨日は特にこれといって余計な仕事も入りませんでした。いつもの仕事を終え、大体いつも通りに夕食をとり、その後でまた少し書類仕事などをしておりました。その頃から段々となんだか体に力が入らなくなり、どうもおかしいと立ち上がろうとしたところ、めまいがして倒れました」

「どこか打ち付けたりはなさってらっしゃいませんか?」

「いえ、それはありませんでした。ゆっくりと倒れたのと、ソファにもたれるように崩れたので、少し膝を打ったぐらいです」

「そうですか、よかったです」

「それで、当番の侍女が驚いて人を呼び、医師が来て診てくれたところ少しばかり脈が速い、血圧が上がっているのではないかということで、早々に休みました」

「それが今もまだ?」

「ええ」


 頭のふらつく状態が続いていて、手洗いの時にやっと動けるだけで、後はずっとこうして寝ているのだと言う。


「もしも、食事に何か入れられていたとしても、そんなに長く続くものでしょうかね」


 そう聞かれてもミーヤには分からない。


「一度聞いてみます」

 

 誰にとは言わないが、おそらく、そのようなことにも詳しいのではないかと思う者が身近にいる。


 キリエは返事は特にせず、なぜだか少しだけクスリと笑った。


「キリエ様?」

「いえ、少しおかしかっただけです」


 何が、とは言わずそう言ってまた笑う。

 なんとなくミーヤは気恥ずかしい気持ちになった。


「ではまた伺います。お大事になさってください」

「ありがとう。おまえも気をつけてください」

「はい、ありがとうございます」


 そう言って短い時間の見舞いを終えると、当番の侍女に礼を言ってから今の役目、エリス様の部屋付きの侍女の控室に戻った。


 控室に戻るとすぐにアーダが尋ねてきた。


「あの、キリエ様のお具合はいかがでしたか?」

「ええ、横になっていらっしゃいました。血圧が高いのではないかとお医者様はおっしゃっているようです」

「そうですか、血圧が」


 アーダも心配そうな顔になる。


「ええ。でも思ったより顔色は悪くなかったですし、すぐにお元気になられるのではないかしら」

「それならいいのですが、やはり少し心配です」

「ええ。でもずっとお忙しい方でいらっしゃいますし、この際少しお休みいただいてもいいかも知れません」

「そうですね」


 アーダはミーヤからキリエの具合を聞くと自分の控室へ戻っていった。

 

 今の時刻はもう夜、今日の用は全て終わっており、何かで呼ばれない限りエリス様の部屋へ伺うことはない。そして今夜の当番はミーヤである。鈴が鳴らされたらミーヤが部屋に伺うことになっていて、アーダは非番という扱いになる。


 ミーヤは部屋をそっと出てエリス様の部屋へと足を向ける。

 人に見られてもどうということはないので、ごく普通に扉を叩いて中へ入った。


「そうか、そういう具合か」

「ええ」

「当番の侍女ってのはずっと部屋にいるのか?」

「そんなことはないと思いますが、すぐそばの部屋に控えているので、こっそりと入るのはむずかしいかもしれません」

「まあ、そのへんはなんとかできるとして」


 と、トーヤはさらりとかわし、


「昨日一回だけ飲んだ薬が今もまだ効いてるってことなのか?」


 そう言うとアランとベルも続けて自分の見解を述べた。


「随分と長いな」

「うん、そんだけ長く効いてるなら、もっと症状が重くてもいいような気がするよな」

「おまえらもそう思うか」

「何なんだろうな」

「おれが知ってる薬の中にはないように思うけどなあ」


 ミーヤは驚き、


「あの」

「なんだ」

「みなさん、そんなに薬に詳しいのですか?」


 そう聞く。


「くわしいってか、まあ生きるのに必要だからなあ」


 ベルが目をつぶり、うんうんと頷きながらそう言う。


「一体どのような生活をなさってこられたのでしょう……」

 

 ミーヤは困惑するしかない。

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