20 木綿の服
「へえ、全然知らなかった」
「そりゃそうだろ、寝てたんだから」
ベルがシャンタルに小さい声で突っ込みを入れた。
「その時にな、どこで聞いたんだか、『シャンタルの神域』行きの船に乗ったこと聞かれた」
「へえ~トーヤのこと気にしてたのかな」
「ミーヤが死んですぐだったから、そういうこともあるかもな」
「で、どう言ったんだ?」
アランが聞く。
「ああ、行ったけどすぐ戻ったってそんだけ言った」
「そうか」
「その時にシャンタル見られてるのか?」
「いや、まだ海渡ったばっかりだったからな、誰に見られても大丈夫なようにカツラかぶせて、首は赤いマフラー、背負ってて顔もよく見えなかっただろう。用心棒として人の送り迎え、なんて仕事も普通にやってたし、特におかしなことしてるってわけでもなかった」
「そうか、ならそっち方向で変に気つくってことはなさそうか」
「だと思うんだが」
あの時、「シャンタルの神域」から子どもを連れ帰った、とは思われていないとは思う。だが確信はない。
「ましてやその子どもがこれだとは、思ってもないとは思うんだが……」
それでもまあ、気をつけるにこしたことはない、という結論に達する。
「とりあえず船が出るまでは絶対に怪しまれちゃいかんからな」
「分かった」
細かい話を詰め、部屋が近いのを幸いに、こちらからも監視をするということで話を決め、トーヤとアランは部屋を出た。
アランとトーヤは、必ずどちらか1人はシャンタルとベルの客室である船長室の前で待機する。
もしも2人とも船長室の前にいられない時には、中からしっかりと鍵をかけさせ、誰が声をかけても絶対に返事をしないこと。
「それから、ドアを開けてすぐに中が見えないようにしておこう」
ドアの内側に布を1枚吊るすことにした。
決めたことと言ってもこれぐらいのことではあるが、それでも気をつけるにこしたことはない。
そうして、トーヤとアランが交代で2人の部屋の前で張り番をしている間に時間は過ぎ、夕刻が近くなってきた。
「2人の飯は厨房からもらってきて、俺たちは他の乗客と同じように時間になったら食堂に行って食えばいいらしい」
「めんどくさいからとりあえず4人分持ってきて、俺らはここで食えばいいんじゃね?」
ということで、4人分を盆に乗せて持ってきて、2人分を室内に渡す。
男2人、船長室の前にへたりこんで行儀悪く食べていると、船長のディレンが戻ってきて顔を顰めた。
「行儀が悪いにもほどがあるな。ミーヤはおまえをそんな風にしつけたっけ?」
痛いところを突かれた。
「まあまあ今日だけだよ。乗り込んだばっかりでまだ色々と落ち着かないからな」
とりあえずそう言ってその場をごまかしておく。
「そうか。中の人にこれ、渡してくれ」
そう言って下げていたズタ袋を渡してくる。
「なんだこりゃ?」
「服だよ」
「服?」
「ああ、あんな御大層な服着て海の上で一月は辛かろう。粗末なもんだが、これでも着てゆっくるするようにって伝えてくれ」
袋の中身を引っ張り出すと、ディレンの言葉通り、簡素な木綿のシャツとスカートが何着か入っている。
「それ着て、上からあのマントとかかぶれば特に問題なかろう。ずっと部屋の中ってわけにもいかんだろうし、たまにはそうして甲板に出て気晴らしでもしてもらえ。そのぐらい問題はなかろう」
「なるほど、そりゃありがたい。すまんな、渡しておく」
「ああ」
それだけ渡すとディレンは軽く手を上げて、どこかへ行ってしまった。
言われた通りドアを叩き、中に入って説明をする。
「へえ、気が利くおっさんじゃん」
ベルが服を広げて見てみる。
べルも普段は戦場暮らし、スカートではなく動けるようにシャツとズボンという服装が多い。なんとなくうれしそうにスカートを合わせてみる姿に、アランも少しうれしくなっていた。
「まあ、そのうちそれ着てちょっと礼でも言いに行ってやってくれ」
「分かった。てか、いいおっさんじゃん、そんな心配する必要ないんじゃね?」
ベルの言葉にトーヤが苦虫を噛み潰したような顔になる。
「俺は余計にやばいんじゃねえかと思ったけどな」
「なんでだよ?」
「勘だ」
「またかよ、また勘かよ」
やれやれという風にベルが首を振り、
「もうちょっと人間っての信じてみてもいいんじゃね?」
と言うが、
「バカか。それやってたら今頃この世にいねえかも知れねえんだぞ」
と、トーヤが舌打ちしながらも真面目に答える。
「覚えとけ、用心して気をつけて気をつけて気をつけるにこしたことはねえ、後で泣いてもどうしようもねえからな」
「分かったよ」
ベルもさすがに真面目に答える。
「そんじゃ奥様とおれは早速着替えるか」
「え~」
どうやらシャラシャラした服が気に入ってるらしく、シャンタルが不満そうな声を出す。
「なんだよシャンタル、その服でよく平気だな」
「私は慣れてるからね」
「ああ、そうか」
言われてやっと、目の前の人がどこのどういう出身で、どういう生活をしてきたかを思い出す。
「そんじゃもういいやってなるまで着とけよ、おれは着替える」
「って、待て!」
またアランが待ったをかける。
「そういやこの部屋に2人か、おい、おい! どうする!」




