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 1 既視感

 お茶会は和やかなうちに無事に終了し、名残惜しそうに「また来てくださいね」とおっしゃる小さな主に小さな手を振られ、またと約束をして皆で前の宮の客室へと戻ってきた。


「本当に良い経験をさせていただきました。エリス様の世話係をやらせていただいて、本当に私は幸運です。ありがとうございます」


 アーダが目に涙を浮かべて感謝の言葉を述べる。


「いえ、こちらこそいつもお世話になっています。本当にありがとうございます」


 ベルが主の言葉をそう伝える。


「まさか私がシャンタルやマユリアに直にお言葉をかけていただけるなど、思ったこともございませんでした」


 先輩であるミーヤにそう言う。


「ええ、お気持ち、すごくよく分かります。私も初めてお声をかけていただいた時、それが本当のことであると理解するまで時間がかかりました」


 それはあの廊下で声をかけられた時であった。

 素直にうれしいと思うこともできないほど、それほど驚きの言葉であった。


 あの時からずっとずっと心の片隅にあったこと。

 選ばれるべきは本当は自分ではなかったのではないか。

 今の自分は誰かの運命を奪ってしまっているのではないか。

 本当の自分は八年前のあの出来事のことなど何も知らず、今も衣装係として以前と同じ生活を続けていたのではないか。

 そして、心の中に秘めた想いなど持つこともなかったのではないか、この想いすらその誰かのものであったのではないか、と……


 だが今日、マユリアは言ってくれたのだ。


『ミーヤを選ぶために神から伝えられた色でした』


 そうだとしたらこの想いは持っていていいものなのだ。 

 誰かの想いを奪ってしまっているのではないのなら。


 八年前のあの時、色々なことから一度はこれが自分の運命だったのだ、そう確信を持った。いや、持ったつもりであった。

 だが、嵐が過ぎ去り、多少変化はあったというものの、いつもの生活が戻ってきた後、またあらためて考えるようになったのだ。


 本当に選ばれるべきは自分であったのだろうか? 

 本当は誰か他にもっと立派な人が選ばれて、もっともっとうまく物事を進め、もっともっと幸せな結末を迎え、そして今、その人はもしかしたら、あの人のそばにいて、あの人と共に笑っているのかも知れない、と。


 離れているからこそ考えてしまっていた。

 あれは本当のことであったのだろうか、と。


 その人が戻ってきて、少し話がこじれたものの元のように話せるようになり、「ただいま」と言ってくれてなお、その考えは消え去らなかった。


「ミーヤ様?」


 誰かに名を呼ばれ、ハッと顔を上げる。


「あっ、アーダ様……」


 心配そうにアーダが顔を見つめる。


「いえ、ごめんなさい、少し考え事をしてしまって」

「いえ、分かります、今の私にはよく分かります」


 アーダはそう言うと、ミーヤの心の内を間違えて理解していることを知らず言葉を続けた。


「私もこれから何かがあると、その時には今日のことを思い出して、今のミーヤ様のようになると思います。それほどなんて言っていいのかしら……とても、言葉にはできないような……」


 ミーヤはゆるく笑ってアーダの言葉を受け止めた。

 この勘違いが今はありがたい。


『私はあの人と二度と会えないということ、それにも耐えられそうにありません……』


 あの日、思わずキリエにこぼしてしまったこの本音。


『私はこの宮の侍女です……この先は誓いを立て、宮にこの人生を(ささ)げるつもりでおります。ですから、会うだけでいいのです……会って、何年かに一度だけでいい、顔を見て、言葉を交わす、それだけでいいんです。天は、それほどの小さな望みも捨てよと申されるでしょうか……』


 本心であった。

 今もそれは変わらない。

 自分はこの宮の侍女で一生を神に捧げる運命を自分で選んだのだ。


 そうしてその望みは叶った。 

 あの時、もう一度会いたいと願った人は戻ってきてくれた。

 それが自分の元へ戻ったのではなく、運命の続きを紡ぐためであるとしても。

 それだけでいい、そう思った。


 八年は短い月日ではなかった。

 だが、いつかまた会える、そう思えば耐えられた。


 この先にはまだ何かがある。

 そのために自分もまたここにいるのだ。

 もしかしたら、また長い年月を待つためなのかも知れない。


 その運命をあらためて心に刻み、ミーヤは「今だけは」とそう思っていた。

 

 アーダと共に一度部屋を辞した後、ミーヤは一人、こっそりとエリス様の客室へと戻ってきた。トーヤたちと共にこれからのことを話すために。

 

 八年前、何も知らぬリルに知られるわけにはいけないことを話す時、トーヤとミーヤ、トーヤとダル、という風に分けて話をしていたことを思い出す。

 

 室内に入るとトーヤとダルも同じことを思い出していたようだ。


「あの時はすごいリルに悪いことしてる気になったもんだが、今回は共犯が多いからか、あの時ほどにはないな」

「そう? 俺は知ってる人間が多いだけ、アーダに申し訳ないようにも思うけどなあ」

「言われてみりゃそういう面もあるのかもな。だが、どっちしても今のアーダに知らせるわけにはいかんしな」

「そうなんだよなあ」


 なんだろう、時が経っても人は同じことで悩み続けるのだ、誰かにそう言われているような気がミーヤはしていた。

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