17 迂闊な言葉
トーヤも胸の中が熱くなるのを感じていた。
『出会った方たちとのこと、間違いではなかった、出会ってよかったのだ、そう思えます』
ミーヤの言葉が、自分も心のどこかで密かに感じていた疑問の答えをくれた、そんな風に思っていた。
間違いではなかったのだ。
ここに戻ってきてよかったのだ。
なんとなくホッとした。
ただ、それだけでは終われない。
トーヤはまだまだ道半ば、この後にまだまだやることがあるのだ。
そのための茶番のような「中の国の一行」なのだ。
それが終わらない限り、自分の心を開放することはできない。
言いたい言葉も言えない、聞きたい言葉も聞けないのだ、そう思っていた。
トーヤは自分が話せない振りをしていることがもどかしくもあり、いっそ何も言わずにいられてありがたいようにも思っていた。
おそらく、それはシャンタルも同じなのだろう。
戻ってきた、今ここにいる、そう言いたくとも言えない今の立場は。
いや、シャンタルの方がもっともっと辛いだろうと思いやれる。
本当に大事な、一番会いたい人たちに会えないふりをし続けることの辛さを考えてやれる。
「色々なことがあったのですね」
今回も口を開いたのはベルであった。
ベルの役割はちょうど狂言回しのようなものだ。
出演者の役割を知っている、他の者が見ていない場面のことも承知している。
そして、話を進めるのにちょうどいい言葉を知っている。
そのことを口に出して話を進めることができる。
「八年前にそのように不思議な方がいらっしゃったのだとよく分かりました。そして今回は今、この眼の前におられるシャンタルが次の方、次代様と交代をしてマユリアにおなりになるのですね」
「ええ、そうです」
ラーラ様が答えた。
「まだこんなにお小さいのに、本当ならまだあと二年はこのままでいらっしゃれると思っていたのに」
小さなシャンタルの素直な黒い髪を撫でながら、そう口にした。
「あの、あと二年とは?」
アーダが驚いたようにそう聞く。
ミーヤも一瞬遅れてだが、急いで驚いたような表情を浮かべた。
ダルもそれに続く。
ラーラ様は「あっ」という顔をしてから、自分の迂闊な言葉を飲み込むように口を閉じ、マユリアに視線を投げた。
「託宣がありました」
マユリアが顔色を変えずにアーダに言う。
「ラーラ様、大丈夫です、もうそろそろ発表もありましょう。第一エリス様たちだけではなく、他の者もいる前で託宣は行われたのですし」
「そうでした」
ラーラ様は反省しながらもそう思い出し、少しホッとした顔になった。
「アーダ、ミーヤ、ダル、今のことは聞かなかったことにしてくれませんか?」
マユリアに言われ、3人はすぐに約束をした。
「はい、どなたにも申しません」
「お約束いたします」
「私も」
「少し前になりますが、エリス様が謁見をなさった時に当代が託宣をなさいました。次代様がいらっしゃると」
「え、では」
アーダが顔を上げる。
「シャンタルが託宣をなさったのですね!」
うれしそうな響きに、小さなシャンタルも釣られるようにうれしそうな顔になる。
「おめでとうございます!」
「あ、ありがとう……」
「おめでとうございます」
「おめでとうございます」
「ありがとう……」
アーダ、ミーヤ、ダルにお祝いを言われ、小さな主がはにかみながら礼を言う。
ミーヤとダルは知っている。
それは「エリス様」が、絹のベールに隠れた「先代」が、「黒のシャンタル」が行ったことである、と。
それゆえにどう言っていいのか少しばかり戸惑った。
「本当に、おめでとうございます。素晴らしいことでいらっしゃるのですよね?」
ベルがそう言ってミーヤとダルの顔を見た。
「ええ、本当です」
いち早くミーヤが反応した。
「そうですよね」
ダルもそう答える。
「ですが、どうして二年も早いのでしょうか」
アーダがふと気づいたように言う。
「分かりません」
マユリアが答える。
「ですが、ほぼ十年というだけで、今までにもそのようなことはあったようです」
「私も記録にあったとお聞きしています」
ミーヤも言う。
そのことは宮の侍女となった時に聞いたことがある。
「私は存じませんでした。あるのですね、そのようなことが」
アーダが少し気まずそうにそう言う。
ミーヤが知っていて自分が知らぬことを不勉強のように感じたらしい。
「私の時の教育係の方が、たまたまそう教えてくださったのです」
「そうだったのですか」
「ええ、宮の歴史は古く、皆が何もかもを知るというわけではありませんから」
「ありがとうございます」
ミーヤがかばってくれたように感じ、アーダが礼を言う。
「前回は親御様がほぼ産み月だったということで、宮に入られてすぐに王都封鎖ということになりましたが、今回はまだ吉日を選んでいる段階です。もう数日もすると発表があるかも知れませんが、それまでは知らぬ顔をしていてくださいね」
マユリアがいたずらっぽくそう言い、皆が笑顔で頷く。
「本当におめでたいことですね」
ベルがそう言って小さなシャンタルを見ると、シャンタルもうれしそうにこっくりと頷いた。
思わず口からこぼれたラーラ様の失言ではあったが、そのことでおめでたい雰囲気になり、お茶会が盛り上がることとなったのは幸いであった。




