19 背後
船長室の扉を軽く叩いて「失礼します」と声をかける。
室内で誰かが近づいてきた気配がし、カチャリと鍵が外された。
「どうぞ」
侍女らしき扮装をしたベルが、無機質に返事をしてトーヤとアランを部屋へ入れた。
内側から鍵をかけるが、トーヤはまだ外に意識を向けている。
何か言い出しそうなベルに向け、「しっ」と口に指を当て、何も言わないようにと指示をする。
「何かご不自由はありませんか?」
外に聞かせるように口にする。
ベルも頷き、少し間を置いて、女主人の意向を伺ったぐらいのタイミングを計って返事をする。
「ありがとうございます、今のところはないとおっしゃっています」
「そうですか、ならよかった」
まだ気は抜かない。
「出港は2日後です。何か他に入り用なものなどありましたら、俺かアランが買い出しに行ってきますが」
またしばらく時間を置き、
「いえ、多分大丈夫でしょう、とのことです」
「そうですか、ならよかった。また何かありましたらお申しつけください」
「ありがとうございます」
茶番のような会話を続けながら、扉に耳を当て、トーヤはようやく「いいぞ」という風に頷いた。
アランに手招きをし、寝台でのんびり寝そべっているシャンタルの周囲に3人が集まる。
「なんだったんだ?」
かぶっていたヴェールをめくり、ベルが小さな声で聞く。
「いや、廊下に人の気配を感じてたからな。とりあえず、これからも入って安心して気を抜いてってのはやらん方がいい。誰が聞いてるか分からん」
「なんでなんだよ、あのおっさん、トーヤの知り合いなんだろ?」
「それはそれ、これはこれ、だ」
トーヤが厳しい顔で3人に、いや、シャンタルは寝ていたので2人に言う。
「こいつ、本気で寝てるな。おい、シャンタル、起きろ」
「ん?」
シャンタルが眠そうな声を出す。
「おい、よく聞いとけ、しゃべる時もあまり大きな声出すな。あくまでおまえは『中の国』の奥様、上流婦人だからな、人に聞かれるような声でしゃべるなよ」
「うん、分かった」
本当に分かっているのか? と思うようなのんびりした声で答える。
「分かってんのかよ」
いつもならそんなことを言わないトーヤがもう一度念を入れる。
「うん、分かった、小さい声で話せばいいんだよね」
「そういうこった」
「でもなんで?」
「あいつな、船長のディレン、俺の古い知り合いなんだけど、なんか勘ぐってる気がする」
「へえ」
そう言われても、シャンタルは特に「これ」ということも思わないようだ。
「それはあれじゃん、トーヤが悪さしないか気にしてるんじゃん」
ベルが、小さい声ながら、棘のある言い方をする。
「だからあ、俺がそんなことするわけねえだろうが」
「どうだか~」
思い切りはたけないので、小さくベルの額にデコピンをする。
「いっ」
「てえな」と続けそうになりながら、ベルが声を押さえる。
「とにかく気をつけた方がいい。俺の勘だがな」
勘、ヤマカンというものはいい加減なようでいて、経験を積んだ人間の感覚からすると、かなりの確率で「何かある」ものであったりもする。その意味では3人とも「トーヤの勘」を信じていた。
「よう、あのおっさん、古い知り合いって言うけど、どんなやつなんだ?」
ベルの質問にトーヤが簡単に説明をする。
「あいつな、俺の親代わりだったミーヤのいい旦那の一人だったんだよ。だもんで、来たらまだガキだった俺にも菓子とかくれたりしてた。その頃は小さいが船持っててな、なかなか堅実な仕事っぷりでそこそこ羽振りもよかったんだが、ある時、なんでか俺が乗った海賊船みたいに一儲けしようとしたものの、勝負に負けてすっからかんになって、命からがら戻って船も売ることになっちまったんだ」
3人は黙って聞いている。トーヤも小さな声で続ける。
「それからは今と同じで雇われの船乗りやらなんやらやってて、それでも病気になったミーヤのところにちょくちょく顔は出してたな。船持ってた頃は俺も手伝いで何度か乗って、そんで船や海のこと勉強したみたいな部分もある」
「へえ、トーヤの先生みたいなもんか」
「俺は誰かになんか教えてもらったことなんかねえからな? みんな自分で見て覚えてきたから先生とまではいかねえかな。戦場稼ぎの間にちょっとだけそっちより安全な仕事して小銭稼いで、にはなってたがな」
「へえ」
「傭兵やるようになってからも、ちょこちょこっと内海で荷物運んだりする船の手伝いとかもしてたんだが、そんな頃にあいつも外海に出てな、そんで失敗して戻ってきたもんで、それからはミーヤのところに来た時に何回か顔合わせたぐらいだった」
「そんじゃ何年も会ってなかったんだな」
「ミーヤが死んで、弔い済ませた時にやっぱり世話にはなった。その後、シャンタル連れてこっち戻ってきた時にな、実はちょっと会った」
「ええっ、どこで!」
「私は覚えてないなあ」
「おまえ、寝てたからな」
トーヤが苦笑しながら言う。
「この町でだよ。こいつが疲れて寝ちまったの背負ってたら、町でばったり会った。そんで、何してるって言うから、預かったガキを届ける途中だって言って、それで別れたっきりだ」




