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14 黒のシャンタルの時代

「どこまでお話しいたしましたか……」


 マユリアが思い出すように美しい首を傾ける。


「そうそう、先代の託宣がすべて事実であると民たちが信じ、そうして過ごした十年の月日があった、そういうお話でしたね?」

「はい、そうでした」

「先代がお生まれになって、十年の月日が過ぎました。色々なことはありましたが、さきほどの大雪のように驚くほどの災害というものもありませんでした。人の生き死に、入れ替わりは時の流れの常として、その者の持つ運命としてどうすることもできませんが、ごくごく平穏な十年だったと思います」


 小さな女神が一生懸命に美しい「姉」の顔を見つめて話を聞いている。


 マユリアは聞き手が小さな主だけではなく、その主に仕える者たち、そして遠方からの来客もいることを忘れてはいない。だが、(おも)にこの幼気(いたいけ)な瞳の女神に向かって語り続けた。


「そう、普通なら、何事もなく交代の時をお迎えになるのでしょうが、さきほども申し上げた通り、先代はわたくしとラーラ様以外の者と気持ちを通じ合うことができなかったのです。このまま次代様と交代をして、その先がどうなるのだろうとは皆が思っていただろうと思います。わたくしも、この方をこのままではいけないと思いながら、何をどうすることもできずにおりました」


 マユリアが苦しそうに目を閉じた。


「そんなある日、また託宣がございました。先代がいきなりこうおっしゃったのです」


 皆の目がマユリアに集まる。




『嵐の夜、助け手(たすけで)が西の海岸に現れる』




 トーヤが不思議な経験をすることとなった発端の託宣である。




助け手(たすけで)?」


 小さなシャンタルが不思議そうに首を傾げてマユリアを見上げる。


「そうです、助け手です。その言葉を皆に伝え、それはおそらく西の漁師町、カースではないかということになりました。そこにおりますダルの村です」

「そうなのですか?」

「はい、そうです。そして私はその『助け手』と友人になったことから、月虹兵になることになりました」

「そうなのですか!」


 シャンタルが目をくるくると見開き、興味深そうにダルにそう言うと、


「その助け手という方は嵐の夜に現れたのですか?」


 マユリアに先を急かすように聞いた。


「嵐の夜にではなく、その翌朝でしたが、発見されました」

「発見?」

「ええ、その者はカースの海岸に打ち上げられておりました」

「え?」

「乗っていた船が嵐で沈み、その者、トーヤと申す者は瀕死の状態でカースの海岸に流れついたのです」

「まあ……」


 いかにも不思議そうにシャンタルがそう言った。


「そのトーヤという者、さっきおっしゃっていた4名の1人ですよね」

「そうです」

「それで、瀕死の状態から助かったのですか?」

「ええ、元気になりました。そうしてこの宮に滞在することとなりました」

「そうなのですか!」


 シャンタルは面白い物語を聞いているかのように、ワクワクした顔になっている。


「そして、そこにいるミーヤがトーヤの世話役になり、トーヤはダルとお友達になりました。ダルがトーヤの手伝いをしたいと言ってくれて、その時ダルの世話役になったのが、今は『外の侍女』となっておりますリルです」

「それで、その4名は一体何をしたのでしょう?」

「先代のお心を開かせてくださいました。先代はこの4名、それからシャンタルもご存知のキリエの助けで他の者ともお話しをなさるようになられました」

「まあ、よかった!」


 シャンタルがとてもうれしそうにそう言って手を打った。


「ですが、その後、次代様、つまりシャンタルあなたがお生まれになり、交代の儀式の後、先代はマユリアにおなりになることはなく、この宮からお去りになりました」

「そうでしたね……」


 シャンタルが思い出し、悲しそうな顔になった。


「その話はお伺いしたことがあります。なんでも、ご自分のことを『聖なる湖に沈めよ』そうおっしゃったのですよね?」

「ええ、そうです」

「それで、今は『聖なる湖』でお眠りになっていらっしゃるのですか?」


 そう聞かれ、マユリアが答えずに黙り込んだ。


「マユリア?」

「あ、いえ、すみません」


 


 マユリアは嘘をつくことを許されていない。

 神を身に宿す者、生きた女神たる者が嘘をつく、穢れを自ら身にまとう行いを許されてはいないのだ。


 マユリアは先代が、「黒のシャンタル」が湖に沈んでいないことは知っている。

 トーヤと共に湖から生還した後、ルギと、その後2人を送って戻ってきたダルからも話を聞き、2人が無事にこの国を離れたことは知っている。

 その後どうなったのかは知らぬが、少なくとも「湖に沈んでいない」という事実は認識している。

 それゆえ、シャンタルの質問に「眠っている」と答えることはできないのだ。




「マユリア?」


 シャンタルがどうしたのかと伺うように下から顔を覗き込む。


「お辛いのだと思いますよ」


 「中の国」の侍女、ベルがそう声をかける。


「大切な方を失うというのはとても辛いことです。そのことを思い出すこともやはりとても辛いのです」

「そうなのですね……」


 ベルの言葉を聞き、シャンタルが納得する。


「マユリア、お辛いことを聞いてしまいました、ごめんなさい」

「いえ……」


 素直な小さい御心(おこころ)が、真実を知る者たちには辛いのだ。

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