18 船長室
シャンタルとベル、それからトーヤとアランも乗り込み、船内を案内され、連れて行かれた部屋は、
「船長室じゃねえかよ!」
さすがのトーヤも驚いた。
「空いてる部屋はないからな、だから俺の部屋を使ってもらう。そんな広い部屋じゃないが、ご婦人2人ならゆっくり使ってもらえるだろ」
「って、船長はどうすんだよ?」
「仕事ならどこでもできるしな。俺はこの並びにある倉庫を片付けてそこに寝る場所作ってある。おまえらもそこで寝転べばいい」
「いや……」
いくら自分の船を手に入れられるほどの対価を支払ったとはいえ、この厚遇には少しばかりトーヤが警戒する表情を見せた。
「誤解するな、俺が面倒はごめんだからだ」
ディレンがすっぱりとそう言う。
「ここなら中から鍵もかかる。女性2人抱えて、一月もの間ずっと気を張り続けるのは想像するだけでぞっとしねえ」
言われて見れば理は確かにある。
「船の誰かがこっそり夜這いかける、なんてことになったら責任の取りようもねえし、ああいう国の御仁だ、そんなことになってバレたらこっちの命にも関わる。だからあちらの貞操と、こちらの首、両方の安全のためにもこれが一番だ」
「なるほど」
「そういうわけでな、すぐ近くの部屋に俺の居場所を作った。そこからならおまえらのことも見張りやすいしな」
「って、おい、それ、俺たちのこと疑ってるってことかよ」
「いや、正確にはおまえだ」
「もっとおい! だ」
トーヤが眉を寄せて抗議の表情を見せたが、ディレンは知らん顔で、
「あっちの若いのは知らんからな。だが、おまえの英雄譚は少しばかり耳にしてるもんでな」
と、ニヤッと笑って見せた。
トーヤは背中にゾッとする視線を感じた。
間違いなくベルだ……なんとなく「女の敵!」的視線を感じる……
「俺がそんなことするわけねえだろ!」
一際声を張り上げて抗議するが、
「まあ、無実を主張したいなら、じっといい子でいるこった、坊や」
ニンマリとしながらそう言われる。
トーヤがグッと言葉をなくす。
何しろ相手は自分を子供の頃から知っている。色々と、知られたくないことも知られていたりする。
「ま、まあ、そういう心配は無用だ。俺がどんだけ誠実な男、いや、人間か、この船旅の間によお~く分からせてやるからな」
と、「誰に」ともなく宣言する。
「ま、期待してる」
と、ディレンは期待していないように言う。
「さあ、部屋の中はこうだ」
ガチャリとそれなりに重みのある扉を開ける。
中は船旅の間の船長室、とりわけ広くも豪華でもないが、それなりに体裁の整った部屋ではあると言えるだろう。
部屋の壁際にベッドが一つ。並びに書類が入る黒っぽいキャビネット。中には何冊か抜けがあるのが分かる。それは使用するのにディレンが過ごす部屋へ移動したのであろう。
他には執務机と、そのそばに背付きの椅子が2脚。室内の窓際から外に通じる手洗い場があるのは少し助かった。
後は、馬車から持ち込んだ荷物類があちこちに並べてある。
「ベッドが一つだけなんでな、侍女の方はこっちに」
キャビネットの前の床ではあるが、ベッドの方に頭を向け、敷物の上に何か柔らかい物を敷いて簡易ベッドのようなものが設えてある。
「こんだけのことしてもらえたら満足だよ、助かった」
見渡してトーヤが礼を言う。
「そうか、そんじゃよかった。それじゃあ次は野郎どもの部屋、こっちだ」
室内にシャンタルとベルを入れ、ベルに部屋の鍵を渡し、
「変なやつを入れないように、しっかり鍵をかけてください」
と、釘を刺すのを忘れなかった。
トーヤとアランが連れていかれたのは、船長室から見て廊下をはさんで斜め前あたり、
「目と鼻の先だな」
「なんだ、不満か?」
ディレンがトーヤにからかうように言う。
「いや、助かる。俺も目が届きやすいからな」
「そうか?」
まだ面白そうな目をして言う。
元倉庫だけあってこちらには飾り気が一切ない。
「あっちに着くまで下ろすことがない荷を入れてある。半分ほどなんとかよそに移した。その分廊下にはみ出てるもんがあるが、まあ問題はないだろう。出したのは消耗品で使っていくとなくなるもんだしな」
「そうか、すまんな」
荷を入れた木箱の上に戸板のようなものを並べ、仮寝台と机のようにしてある。
「うまいこと考えたもんだな」
トーヤが感心する。
「おまえらは床な」
「え!」
「元々そのぐらいのつもりだったろうが」
「そりゃそうだが」
「野郎どもはそれで十分だ」
一月の間板の上でごろ寝か、と思わないことはないが、まあ言われる通り最初からそのつもりだ。
「ここも一応鍵がかかる、倉庫だからな」
そう言ってじゃらりと鍵束を見せる。
「俺が管理してる。俺が出る時はおまえらも部屋から出てもらうからな」
「分かった、十分だ」
書類など、一応管理責任があるものがあるのだろう。
「じゃあ、出港までの間は好きにしてろ。ただし、出港時間過ぎたら遠慮なく船を出すからな、乗り遅れたくなかったら気をつけるこった」
「ああ、分かった」
言うだけ言うとディレンは部屋に鍵をかけ、その場から去っていった。
「さあ、そんじゃお嬢様方のご機嫌伺いにでもいくか」
トーヤもそう言ってアランを伴い、船長室へと足を向ける。